「お主はここに残れ」
 
キクチヨさんを追いかけに行く事になったカンベエさんは、私にそう言った。しかし私は唐紅を握りしめ、カンベエさんを見つめる。
 
「私も行きます。少しでも、状況を理解したいんです」
「戦う事になるかも知れんのだぞ」
「…戦います」
 
無意識に、唐紅を握る手に力がこもる。カンベエさんは気付いていたが、それ以上は何も言わなかった。不安げな表情でこちらを見詰めるキララさんに、私は小さく笑いかける。
 
「ナマエさん…」
「カツシロウさんの事、看ててあげて下さい」
 
キララさんは迷った末に、小さく頷いた。
 
「出口までは、私が案内します」
「…すまぬ」
 
ホノカさんのその申し出で、私達はキクチヨさんを追って出発した。
 
 
 
 
 
その背中を見つめ続けるキララの裾を、コマチが引く。
 
「大丈夫です姉さま。ナマエちゃんは強いです、絶対おっちゃまを連れて帰って来てくれるです」
「えぇ…そうですね…」
 
キララは力なく頷いたが、その表情は暗いままだった。

 
 
 
 
 
幾重も枝分かれする水路を、ホノカさんは迷いなく進んで行く。その後ろに続き、私達は黙々と歩いていた。胸にまで浸かる様な場所もあり、肌に張り付く着物が気持ち悪かったが、私は必死に付いて行った。両手が使えるようにと、唐紅は下緒を右肩から掛けて背負う形を取っていた。傍を歩いているヘイハチさんが気遣って声をかけてくれる。
 
「大丈夫ですか?ナマエ殿。やはり戻っていた方が良いのでは」
「いえ、大丈夫、です…」
 
よろよろと進む私を見て、ヘイハチさんは苦笑する。
 
「ヘイハチさんこそ、重くないんですか?その服…」
「ん?あぁ、これですか」
 
ヘイハチさんは自分の服を見る。ただでさえ着込んでいるその服は、水を含んだ事でさらに重くなっているように見えた。そういえば、ポケットにはマサムネさんにもらった物を含め、さまざまな工具が入っていたような気がする。
 
「いつも色々と持ち歩いてるせいか、多少の重みは気にならないんですよ」
 
ヘイハチさんは笑いながらそう言った。小柄なのに力はあるんだなぁと、心の中で感心する。そこでふと、ホノカさん達が立ち止まっているのに気付いた私は後ろを振り返った。ホノカさんは青い顔をして、冷や汗をかいている。その様子を見て、リキチさんが心配そうに声を掛けた。
 
「やっぱり、野伏せりが怖ぇんじゃ…」
「あとは、この水路を真っ直ぐ抜ければ良いのであろう。もう、案内は良いぞ」
 
カンベエさんもそういう。しかしホノカさんは、しっかりと前に向き直った。
 
「いいえ、道はいくつにも分かれています。慣れた者でなければ、野伏せり様の元に辿り着けません」
 
そう言って、再び歩き出す。ゴロベエさんが水に入るホノカさんに手を貸し、私は道を開ける為、横へとずれた。小さく礼をしてホノカさんが先へと進む。
 
「付いて来て下さい」
「忝いのう、ホノカさん」
 
ゴロベエさんがそういうと、ヘイハチさんがやれやれというような声をあげた。
 
「全く、いつも面倒を掛けてくれますねぇあの男は」
「キクチヨらしいと言えばらしいが」
 
ヘイハチさんとゴロベエさんの話しを聞き、後ろに居るカンベエさんが唸る。その横に、シチロージさんがすっと並ぶと、
 
「そこが可愛いのでしょう」
 
と言って、カンベエさんより先に水へと入った。
 
「かも知れんな」
 
カンベエさんも小さく笑い、進み始める。その後にリキチさんも続いた。可愛いなんて聞いたら、子供扱いするなって、キクチヨさん怒るだろうなぁ。私はそんな事を考えながら、再び身体を引きずるようにして水の中を進み始めた。
 
 
 
ほどなくして、出口が見えてくる。水路は途中で岩の中へと消えており、出口の外は一面の荒野だった。一歩外へと踏み出した、その時。
 
「ッ!」
 
無意識に体が動き、刀に手をかけ身構えた。今までの経験から、すぐに唐紅が何かの気配に反応したのだと気付く。カンベエさん達も同じように、各方向へ向け構えている。リキチさんとホノカさんは驚いて足を止めた。
 
「…囲まれている」
 
カンベエさんの言葉に、二人が息を飲んだ時だった。ヒイィィッンと機械音を発しながら、次々と野伏せりが姿を現した。目の前の砂が持ち上がり、そこからも雷電と、無数の鋼筒が出てくる。それを見たヘイハチさんが、背負っている刀に手を掛けながら軽い調子で言う。
 
「へぇー、待ち伏せとは」
「だが、何故に」
 
棒を構えながらシチロージさんが呟いた言葉に、一瞬、胸騒ぎを感じる。しかし、そんな事を言っている場合ではない。
 
「ゴロベエ、ホノカ殿とリキチを頼む」
「はッ!」
「ナマエ、お主もそこに付け」
「は、はいっ!」
 
ゴロベエさんが二人の背中に回り、私は数歩後退して二人の前に立った。後ろからリキチさんの声が飛ぶ。
 
「おらも戦うだ!」
 
しかし、キッと振り返ったカンベエさんの視線に射竦められ、リキチさんはぐっと息を飲んだ。その様子を悠々と眺めていた野伏せりの内、先程も見た雷電という機体が声を発する。
 
「なるほど、噂通り」
「いやはや、土臭くて敵わぬ」
 
話しが出来るのかと思わず驚いてしまったが、カンベエさんがいつでも刀を抜ける様に構えるのを見て、私も重心を低くした。
 
「儂らに何用か」
「農民に買われたサムライだな」
 
カンベエさんの言葉に、後ろに居る雷電が答える。ヘイハチさんが頬を掻きながら、バレてるし、と呟くのが聞こえた。シチロージさんが朱塗りの棒を勢い良く横へと振ると、先端から刃が飛び出す。棒ではなく、仕込み槍だったのだ。それを合図に、カンベエさんも自身の刀を抜く。
 
「ではどうする」
 
野伏せりに向けられた白刃が、日の光を受け煌めいた。
 
「捨て置く訳にはいかんな」
 
そう言って、後ろに居た雷電が巨大な刀を抜くのが分かる。だがカンベエさんは振り返らずに言う。
 
「堕ちたものだ」
「何ぃ!?」
「サムライの誇りを捨てて、やっている事と言えば野伏せりか。…恥を知れ」
 
その言葉に、怒りを露わにした雷電が刀を振り上げる。
 
「米に買われた貴様達こそ、生き恥を晒しているではないかッ!」
 
そして、その巨大な刀が振り下ろされる。影の動きでそれを追っていた私も、思わず肩越しに振り向く。刀は一直線にカンベエさんへと向かっている。
 
「危ねぇ!!」
「カンベエさんッ!」
 
リキチさんとほぼ同時に、私も声を上げる。刀が地面へと叩きつけられる前の一瞬に見えたのは、横へと避ける、カンベエさんの姿。大地を揺るがす衝撃と、巻き上がる砂塵が収まった時。そこには先程と変わらぬ姿で立つ、カンベエさんが居た。まるで刀の方が逸れたようにすら思える光景に、私は息を飲む。
 
「お主それでもサムライか…!」
 
肩越しに雷電を睨むカンベエさんの声は、低く力強い。そして、振り向きざまに駆け出す。
 
「シチロージ!」
「承知!」
 
カンベエさんの掛け声に、シチロージさんが槍を置いて手を組む。その即席の足場にカンベエさんが足を乗せると、阿吽の呼吸で空へと跳ね上がった。流れるようなその動作と、私達の上を飛び越えて行くカンベエさんから目が離せない。一直線に雷電へと向かったカンベエさんは、その胴部と左足の付け根を一瞬の内に断ち斬った。巨大な雷電は支えを失い、呆気なく崩れ落ちる。着地したカンベエさんに襲い掛かった鋼筒を、シチロージさんが貫く。
 
「燃えてみますか、久々に」
 
その息の合った見事な連携に、私はただ見惚れるばかりだった。
 
「凄い…」
 
洞窟内で初めて雷電を見た時は、あんなのに人が敵う訳がないと思った。だが今目の前で、それはあっさりと否定されたのだ。野伏せり達も動揺している。
 
「薪割り流ご披露ー!」
 
ヘイハチさんが飛び出し、手近な鋼筒を斬り捨てた。一刀両断された鋼筒は爆発し、軽く着地したヘイハチさんは片手で合掌する。
 
「お粗末」
 
その淡々とした様子は、一瞬ここが戦場だという事を忘れそうになる。しかし、ゴロベエさんが私を呼ぶ鋭い声に、ハッと我に返る。
 
「こっちだ!早く!」
 
ゴロベエさんはリキチさんとホノカさんを洞窟へと避難させていた。そこへ鋼筒が襲い掛かるが、なんとかその攻撃を避け蹴り飛ばす。再び襲ってくる鋼筒を突き刺すと、その爆発で機械の破片が飛び散った。その一つが頬を掠める一瞬、ゴロベエさんが恍惚の表情を浮かべるのが見えた気がした。
 
≪ぼけっとしてんじゃねぇ、来るぞ!≫
 
唐紅の一喝で、私は向き直る。すぐ目の前まで鋼筒が迫っていた。
 
「…っ!!」
 
驚きのあまり、足がもつれる。ぐらりとよろけながらも抜き放った唐紅の一閃は、鋼筒の半身を斬り裂いた。バランスを失いよろけた鋼筒が、やがて爆発する。その爆風に押されそうになるのを、ぐっと堪えて唐紅を構えた。
 
≪集中しろ!後は全て俺がやる!≫
 
その声に頷き、私は真っ直ぐ前を見据える。しかしその時、前方の岩棚に不審な人影を見つけた。身の丈よりも大きな何かを構えたその人物の先には、残った雷電へと駆けるカンベエさんの姿。その全てを頭で理解するよりも早く、咄嗟に叫ぶ。
 
「カンベエさんッ!!!」
 
次の瞬間、鋭い銃声が乾いた空気の中に響く。私の声で咄嗟に足を止めたカンベエさんの刀に、銃弾があたって弾け飛ぶ。その衝撃で横に倒れたカンベエさんはすぐさま片膝をついて体制を整えたが、吹き飛んだ刀はカンベエさんから離れた地面へと突き刺さった。銃弾を放った人物が、大きく舌打ちする。
 
「おぉ、ヒョーゴか!」
 
ヒョーゴと呼ばれたその人物は、蛍屋でゴロベエさんに襲い掛かったあの色眼鏡の男だった。
 
「カンベエ様!」
 
シチロージさんが声をあげ、動こうとした所へ再び銃弾が撃ち込まれる。着弾した地面からは激しい砂埃が巻き上がる。
 
「おっとぉ、動くなよ」
 
ヒョーゴという男がわざとらしく言う。私達はその場から一歩も動けなくなった。ただ、いつでも飛びだせるように身構える。しかし前方には無防備なカンベエさんが居る、迂闊には手を出せない。それを見た雷電が、ゆっくりとカンベエさんに近付き刀を振り上げる。銃弾が刀に当たった衝撃が腕に響いたのか、カンベエさんは右腕を抑える様にしてそこから動かない。誰もが息を飲んだ、その時。白い砂煙が過ぎったかと思うと、振り下ろされようとしていた雷電の刀が、腕ごと吹き飛んだ。それはゆっくりと弧を描くようにして、手の届かない場所に突き刺さる。
 
「な、何ッ!?」
 
予想だにしなかった出来事に、雷電も動揺の声を上げる。その足元から、再びあの砂煙が湧きあがる。それは流れる様に雷電の上へと駆け上がって行く。風で砂煙が晴れた時。現れたのは、あの紅い目をした男だった。深紅のコートをなびかせ、手にした二本の刀で瞬く間に雷電を切り刻んでいく。その光景に、私も、ヘイハチさん達も唖然とする。空中分解を起こしたようにバラバラになった雷電は、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。その風圧に乗る様にして、紅色が飛び出す。先程飛ばされた自身の刀の傍まで来ていたカンベエさんの上を飛び越え、その背後へと軽やかに着地する。カンベエさんは振り向かず、地面に突き刺さった自分の刀を抜く。紅色の男は、すっと立ち上がり、囁きに近い声を発する。
 
「お主を斬るのはこの俺だ」
 
その言葉の意味を、私は理解する事が出来なかった。すると突然、ヒョーゴという男が銃を構える。放たれた銃弾は、背を向けている紅色の男へと向かう。それをカンベエさんが斬り捨てると、紅色の男は僅かに驚いた様子で振り向いた。舌打ちをして銃を構え直すヒョーゴさんの背後から、黄色を基調とした機体が現れる。青い色をしている通常の雷電と似てはいるが、何処か違った形をしているその野伏せりは、もうよい、とヒョーゴさんを止めた。
 
「なんだと?」
「奴らの力の程は解った。退くぞ!」
 
その命令に、ヒョーゴさんは苦々しい表情を浮かべこちらを一瞥した後、その機体を追って姿を消した。カンベエさんはそれを見て、試されたか、と小さく呟く。それは私達の力の事を言っているのか、黙ったままその後ろに立つ紅色の男に向かって言ったのか、私には判断がつかなかった。シチロージさん達と共に、二人の傍へと駆け寄る。後ろからホノカさんとリキチさんもやって来た。紅色の男から僅かに距離を置くようにして立ち止まる。カンベエさんが振り向き、その背中に声をかけた。
 
「もはや仲間の元には帰れまい」
 
しかし紅色の男は黙ったまま歩き出す。ゴロベエさんが立ち塞がろうとするが、行かせてやれ、というカンベエさんの言葉で道を開けた。男が私の前を通り過ぎる時、その紅色の瞳が、私を捉えた。睨みつけるようなその強い視線に、私は僅かに身を竦める。だが男は立ち止まる事無く、そのまま歩き去って行った。
 
 
次へ
 
 
BACK
 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -