空洞の端の方に、高い位置に迫り出した岩があった。その上に登り、音の来る方を探る。ほどなく右手の方にある洞窟から、ライトの明かりが見えた。全員それに身構える。私も、唐紅を握る手に力を込めた。現れたのは、巨大な機械兵士だった。
 
「野伏せり…」
「あ、あれが…」
 
リキチさんの言葉に、私は呆然とした。ヘイハチさんが私の呟きに気付き、説明してくれる。
 
「雷電型と呼ばれる、大戦時代の主力兵器の一つです」
 
あれが、野伏せり。雷電型だというその機械は、私達の体の優に数十倍を超えていた。こんな物を相手に、カンベエさん達は村を守るために戦おうとしているのか。それは、どう考えても無理なように思えた。巨大な機械の後には、鋼筒が二機飛んでいた。警邏隊に居た機体とは違い、御用と書かれた提灯の代わりに大きな太刀を持っている。それらは私達を気にも留めず、真っ直ぐ奥の本丸型戦艦へと飛んで行く。リキチさんが勢い良く振り向いて叫ぶ。
 
「おさむれぇ様!斬ってくれ!野伏せり、つっ殺してくれ!」
「駄目ぇっ!!」
 
突然、その場にホノカさんの声が響く。駆けて来たホノカさんは行かせまいとするように私達の前で両手を広げた。リキチさんがたじろぐ。
 
「野伏せりを斬っちゃ駄目なの!式杜人の商いの相手なのよ!」
「なぁに言ってっだ!野伏せりは、敵だろうが!」
 
リキチさんがそういうが、ホノカさんは動かない。見れば、先程の雷電が米俵を取り出し、巨大な秤に乗せていた。その重さを見た式杜人が手で合図をすると、クレーンで運ばれていたのと同じ、あの金属の塊が運ばれてきた。鋼筒の一機がそれに触れようとすると、ビリッという音と小さな火花が散った。どうやらあの金属の中には電気が溜まっているらしい。巨大な電池、といった所だろう。
 
「式杜人が、野伏せりを怒らせちゃいけないって!あたしら、ここで生かして貰ってるんだ!式杜人がそういうんじゃ、何も出来ないのよ…!」
「ホノカ…」
「どうすんだよ、カンベエ」
 
ホノカさんの言葉に、リキチさんも少しは落ち着いたようだったが、私達は動く事が出来なくなった。キクチヨさんの問いかけに、カンベエさんも答える事が出来ない。向こうでは野伏せりと式杜人の商いが終わったようだった。それに気付いたリキチさんが思わず駆け出そうとするのを、ゴロベエさんが止めた。しかしリキチさんはその手を振り払って言う。
 
「こんな馬鹿な話があっか!目の前さ、野伏せり居るんだぞ!」
「已むを得まい」
 
カンベエさんははっきりとそう言った。ゴロベエさんはリキチさんをなだめようとその肩に手を乗せる。しかし。
 
「あんたらがやらねぇんなら、俺がっ!」
「よせっ!!」
 
リキチさんは、振り向きざまに後ろに居たゴロベエさんの腰から刀を抜き取る。そしてそのまま本丸へと向かって走り出してしまった。ゴロベエさんが慌ててその後を追う。
 
「あやつ…」
 
カンベエさんの声に、私は思わず顔を上げる。
 
「か、カンベエさん…!」
「うむ」
 
カンベエさんは一度頷いて見せてから、その後を追った。私達もそれに続く。リキチさんは他の農民の人が止めるのも聞かず、刀を振りかざし、
 
「野伏せりだ!野伏せりなんだぞ!」
 
そう叫びながら走り続けた。本丸へと続く橋へと差し掛かった時、これ以上は許さないとばかりに、式杜人が天井から勢い良く降りてくる。しかしリキチさんは止まろうとしなかった。
 
「リキチッ!」
 
その時、追いついたゴロベエさんがリキチさんの腕を取り、後ろへと投げ飛ばした。悲鳴を上げながら地面に倒れるリキチさんを見据えながら、ゴロベエさんは取り上げた自分の刀を腰に収める。
 
「お主、普通ではないぞ!」
 
リキチさんはうつ伏せに倒れたまま、動かない。拳は固く握られ、背中は小さく震えている。
 
「おらぁ、おらぁ…野伏せりに、女房を売ったんだ!!」
 
追いついた私達は、その言葉に思わず足を止めた。リキチさんは涙や怒りをこらえる様に、声を震わせながら語る。
 
「村ぁ守るために、女房は、自分から野伏せりンとこへ行った…!」
 
握られた拳が、何度も地面に叩きつけられる。
 
「おらぁ止められねかったんだ!野伏せりが怖くて、ただ見送っただけだ!おらぁ意気地なしだ…だからよぅ、だから…だからよぅ、おらぁ…」
 
そこまで言って、リキチさんは立ち上がり、ぐっとホノカさんや他の農民の人達を睨む。駆けより、ぐっと拳を前に出して、責め立てる様に叫ぶ。
 
「それがどうだ!ここじゃ野伏せりは、商いの相手だと!?あんだらそれでええんか!そうまでして、ここで生きてぇか!」
 
ホノカさん達は答えない、ただじっと、暗い表情でリキチさんを見つめている。
 
「目の前さ親の敵居るのに、決まりだからと怒りもしねぇで!それでも人間か!?」
「リキチ、止さぬか」
「言わせてやれ。こいつはずっと我慢してたんだ」
 
止めようとするカンベエさんにキクチヨさんが口をはさむ。カンベエさんはキクチヨさんをちらりと見ただけで、黙ってしまった。リキチさんは、なおも止まらない。
 
「あんたらも!式杜人も間違ってる!あんたらも、野伏せりと同じだ!!」
「じゃあ、どうすれば良かったの…!」
 
その言葉に、流石にリキチさんも何も言えなくなってしまった。リキチさんの言う事は、解る。けれど生きる為に、仕方がなかったのだ。こうするしか、なかった。ホノカさんの一言には、それほどまでの重みがあった。用を終えた野伏せりが去って行こうとする。リキチさんはふらふらと縁に歩み寄り、拳を震わせてそれを見上げる。
 
「うおぉぉぉっ!!!」
 
どうしようもなく、やり場のない憤りが悲痛な叫び声となって洞窟に響いた。その声に、雷電がこちらに顔を向ける。私達は僅かに身構えたが、雷電はそのまま向き直り、ゆっくりと来た道を戻って行った。リキチさんは、力が抜けたようにその場に膝をついた。小さく、涙を流す声が聞こえる。カンベエさんがその傍に跪き、そっとリキチさんの背に手をあてた。
 
「リキチ、女房の名はなんと申す」
「…サナエ」
 
リキチさんは、腕で涙を拭いながら顔を上げる。その目をしっかりと見つめて、カンベエさんは言う。
 
「では、お主に誓おう。サナエ殿、我らで救い出すと」
 
その言葉に、リキチさんも、周りに居たホノカさん達も驚く。シチロージさんはやれやれといった感じで手を上げる。
 
「仕事が増えましたな」
「野伏せりを討てば、おのずとな」
 
カンベエさんの心遣いに、私もほっと緊張の糸をほぐした。リキチさんも必死に礼を言っている。ふとそこで、ゴロベエさんが、
 
「はて、キクチヨが見当たらんな…」
 
といった声で、私達は妙に静かだと感じていた違和感の正体に気が付いた。
 
「通りで、やけに静かだと思いましたよ」
「こんな話しを聞いて、あやつが黙っておる訳がないからな」
 
ヘイハチさんとゴロベエさんが納得するように頷く。たしかに、キクチヨさんなら真っ先に口を挟むだろうと、私も思ったけれど。それが居ないという事は、まさか…。
 
「まさか…一人で追いかけて行っちゃったんじゃ…」
「まぁ、恐らくはそうでしょうな」
 
私の言葉に、シチロージさんがこれまたやれやれと頷いた。あぁ、やっぱり。シチロージさんはそのまま、カンベエさんを見る。
 
「如何します」
「カツシロウの事もある。ここで無暗に動く訳には行くまい」
 
そういうと、カンベエさんは近くにあった岩に腰かけた。珍しく、顎髭に手を当てて考え込む様子がなかった。まるでこうなる事を解っていたかのような落ち着きに、私は少しだけ不安になる。けれどそんな事を言っても仕方がないので、他の皆と一緒に、私も適当な場所に落ち着いた。さて、どうすべきかと各々が考え始めた時だった。
 
「カンベエ様!」
 
キララさんがこちらへと向かって走ってくる。焦ったその様子に、私は少し腰を浮かせたが、皆さんは落ち着いたようすでそちらを見つめていた。すぐ近くまでやってくるのを待って、カンベエさんが問いかける。
 
「どうした」
「コマチが居ないんです」
 
その言葉に驚きの声が上がった。しかしすぐに、シチロージさんがキララさんのやって来た方と同じ方向を指さして言う。
 
「コマチ殿」
 
慌ててそちらを見やると、早亀に乗ったコマチちゃんがとぼとぼとやってくるのが見えた。その顔は暗く沈んでいる。何があったのかと問いかけるよりも早く、コマチちゃんは不安げな声をあげた。
 
「おっちゃまが…」
 
その一言で、一同はキクチヨさんの状況を察したのだった。
 
 
第五話、知る!
 
 
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