ホノカさんの家に着く頃にはもう、カツシロウさんは酷い熱を出していた。急いで床の準備をしてカツシロウさんを寝かせる。傷口のさらしも、ホノカさんが出してくれた新しい物と取り換えた。キララさんが付きっきりでカツシロウさんの額に濡らした布を当ててやるが、それもすぐに温まってしまうほどだった。シチロージさんがやってきて、キララさんの隣にしゃがむ。
 
「どうだ、具合は」
「熱が上がってきました、痛みで眠る事も出来ないみたいで…」
 
カツシロウさんは苦しそうに、口で荒い呼吸を繰り返している。私達は不安げに、その様子をただ見つめるしかなかった。刹那。ピクッと、唐紅を持つ手が震える。それに疑問を浮かべる前に、シチロージさんが勢い良く天井を振り返った。その瞬間、フッと放たれた何かがカツシロウさんの肩に刺さる。
 
「…ッ!」
「何者!?」
 
咄嗟にシチロージさんが逃げる人影を追う。私は唐紅によって一瞬のうちに刀を抜き放とうとする力とそれを止めようとする力が働いたらしく、真逆の力による反動で身動きが取れなくなっていた。
 
≪攻撃かと思ったが、違ったみてぇだな≫
 
どうやら唐紅が放たれた何かを斬ろうとし、咄嗟に止めたせいらしかった。そうしている間に、カンベエさんやヘイハチさんがやってくる。カンベエさんは私の隣に腰を下ろし、カツシロウさんの肩に刺さった何かを抜き取った。シチロージさんが戻ってきて、カンベエさんにそれは何かと聞く。カンベエさんはヘイハチさんにそれを見せながら言う。
 
「見覚えがあるだろう。衛生兵が使っていた薬針だ」
「色味からして、あの頃作られた抗生物質のようですよ」
 
カツシロウさんは、呼吸もすっかりと落ち着いた様子で起きあがった。
 
「痛みがすーっと引いてきました」
「こんな物を使うとは、式杜人とははたして…」
「少なくとも敵ではない、か」
 
シチロージさんとカンベエさんの言葉を聞きながら、私は唐紅が薬針を斬り捨てなかった事に安堵した。殺気じゃなかったからな、と、唐紅は呟く。カツシロウさんが、少し焦るような声でカンベエさんに言う。
 
「先生、本当にもう行って下さい。このままでは、足手まといになるばかりです…」
 
後半は落ち込むような小さな声で言いながら、終いには俯いてしまった。そんなカツシロウさんを、カンベエさんは厳しいような、けれど、どこか優しさを含んだ目で見つめる。
 
「格好ばかりつけおって」
「私は、そんなつもりでは…!」
 
カツシロウさんの言葉を遮るように、カンベエさんは続ける。
 
「悔しいだろう、カツシロウ。それで良い」
 
そして、キララさんやコマチさんの方を見る。
 
「この者達も感謝しておる。武士たる者、それで良いのだ」
 
そう言って立ち上がる。私やカツシロウさん達は、その言葉の意味を理解出来ずに、カンベエさんを見上げる。そして、カンベエさんは自らの刀を腰に差し直しながらこう言った。
 
「五人目だな」
 
その言葉に、カツシロウさんの表情がぱぁっと明るくなった。ついにカツシロウさんも、カンベエさんに侍と認められたのだ。キララさんやコマチちゃんも、感嘆の声を上げる。
 
「一晩休んだら、行くぞ」
 
カンベエさんはゆっくりと、外へ出て行った。一瞬ちらりと私を見たような気がしたけれど、その視線の意味を、私は察する事が出来なかった。
 
「良かったです、カツの字!」
 
コマチちゃんの声に、私もカツシロウさんを見る。その顔はとても穏やかで、張り詰めていた何かが取り払われたようだった。シチロージさんはカンベエさんの背中を見つめながら言う。
 
「全く相変わらずですな、あの御方も」
「桃太郎もその言い方、古女房です」
「だから私は桃太郎ではないというに」
 
その場に、和やかな笑いが広がった。と、そこでヘイハチさんが私の方を見る。
 
「カツシロウ君はもう大丈夫だとして、ナマエ殿のお怪我の具合は?」
 
その言葉に、私はびくっと肩を震わせた。皆の視線が私に集まる。
 
「まだ手当てなさっていないのですか?」
「早くしないと酷くなっちゃうです!」
「すまぬ、そなたも怪我をしているというのに、私に付いていてくれたのだな」
 
口々にそういう皆に、私は慌てて両手を振った。
 
「わ、私は大丈夫です…!本当に掠っただけで、もう血も止まってますし…!」
「私が見た時は、結構深かったような気がしましたけど」
 
ヘイハチさんがあの時の事を思い出すように言う。キララさんが真剣な表情で立ち上がる。
 
「ナマエさん、無理をしないで下さい。少しの傷でも、ちゃんと手当てをしなければ取り返しのつかない事になりかねません」
「そ、そうです、けど…でも…」
「破けている所も、繕いますから。さ、こちらへ」
「あ、あの、でも…!」
 
どうしよう、もう傷が跡形も無くなっているのを、どう説明すれば…!そう、私が焦っている時だった。
 
「…!」
 
空洞に響き渡る得体の知れぬ音に、皆が一斉に顔を外へと向けた。ずずずずず…っとお腹の底から響いてくるような低い音。コマチちゃんはキララさんに駆け寄る。
 
「姉さま、この音…」
 
ヘイハチさんとシチロージさんは互いに顔を見合わせると、外へと飛び出した。私もすぐに立ち上がる。
 
「ナマエさん!」
「大丈夫です、キララさん達はここに」
 
そう言って、私も二人の後を追った。
 
 
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