「すまんな、カツシロウ。某がお主の傍に居ればあんな矢など…」
 
ゴロベエさんの声に、私ははっとしてカツシロウさんの方へと視線を戻した。カツシロウさんは傷の痛みからか大量に汗をかき、ぐったりとしている。その汗をキララさんが拭う。
 
「いえ、私が未熟だから…忝い」
 
そう言ってカツシロウさんは、キララさんに弱々しく礼を言った。傷口にまいたさらしは、血で真っ赤に染まっている。その痛々しさから、私は顔を逸らした。ふと、自分の腕の傷を思い出す。破けた袖から傷口を窺い…そしてまた、咄嗟に手で押さえて隠した。傷は、治っていた。いや、きっとこれも唐紅が直したんだ。つまりこの傷の下も、もう―…。
 
シチロージさんがカンベエさんを呼び、カンベエさんがこちらを向く。カツシロウさんが慌てて訴え出る。
 
「私は大丈夫です、早く村へ行って下さい、先生」
「駄目です、休んでカツシロウさんの手当てを」
「そうです。ナマエちゃんも腕に怪我してるです」
 
コマチちゃんの言葉に、カンベエさんが私を見た。
 
「わ、私は掠っただけですから、平気です…!でも、カツシロウさんの為にもここは一旦休んだ方が…」
 
私はさりげなく半身を引くようにして、腕を隠した。カンベエさんはまたいつもの癖で、顎髭に手を当て考え込む。その時。
 
「リキチッ!!」
 
と呼ぶゴロベエさんの鋭い声で、私達は一斉にリキチさんを見た。リキチさんは突然船から飛び降りると、腰まで水に浸かりながら岸に向かって歩き出したのだ。
 
「リキチ!どうした!」
 
ヘイハチさんも焦って呼びかけるが、リキチさんは止まらない。米、米が、と呟きながら、まるで何かに憑かれたように歩き続ける。それを聞いて私は岸の方に目をやるが、そこには乳白色の岩棚と、そこに生える奇妙な植物しか見当たらない。ヘイハチさんも米?と疑問符を浮かべる。ふと、ゴロベエさんが何かに気付き、身を乗り出す。そして、
 
「リキチ!待て!!」
 
そう叫びながら、ゴロベエさんも船から飛び降りリキチさんを追い始めた。カンベエさんはすぐ、シチロージさんに船を岸に着けるよう指示を飛ばす。リキチさんはすでに岸に上がっており、岩棚を駆けあがっていた。その目の前に、式杜人が威嚇するように降りてくる。リキチさんはそれに怯み、やっと足を止めた。船が岸につき、カンベエさんが岸へと降りる。
 
「儂らも行くぞ。…シチロージ」
「承知」
 
カンベエさんの呼びかけに短く答えると、シチロージさんはカツシロウさんの傍に回る。
 
「さ、肩を」
「…忝い」
 
カツシロウさんは痛む足を引きずるようにして立ち上がった。続いて私達も船を降り、リキチさん達の後を追う。その時、リキチさんとゴロベエさんは、一つ上の岩棚に立つ農民のような女性と何かを話していた。女性は一行の姿をみて、警戒を露わにしている。ふいに、ゴロベエさんが明るい声をあげて言った。
 
「ご安心を!某、サムライと言っても今はしがない芸人でな」
 
言いながら、足元をうろついていた一匹のトカゲを拾い上げる。ほれ、とそれを見せた後、横を向いて大口を開け、手で口元を隠しながらそれをもぐもぐと口に入れる。そして、少し苦しそうにしながらも、それを一気に飲み込んでしまった。女性やその傍に居た他の農民は、うっ、と顔をしかめる。しかしその時、ゴロベエさんが驚いたような声を上げ、耳から何かを引っ張り出す。途中で詰まったその何かを一気に引っこ抜くと、なんとそれは、今丸呑みして見せたトカゲだった。女性達は呆気に取られたように、目を丸くする。
 
「如何かな?」
 
と問いかけるゴロベエさんに、コマチちゃんが凄いです!と言って手を叩く。私は丁度ゴロベエさんの後ろに居たので、その芸のタネが丸見えだった。飲み込む振りをして袖の中に隠したトカゲを、あたかも耳から出て来たように見せつつ引っ張り出したのだ。ちらっと横に居るヘイハチさんを見ると、ヘイハチさんも同じ事を思っていたらしく目が合った。そして、思わず二人でくすくすと笑ってしまう。その様子を見て、女性達も警戒を解くようにふっと笑うのが見えた。
 
女性達の居る場所まで来ると、多くの農民の人が岩棚に溜まった水の中に米を撒き、それを踏んでいる様子がよく見えた。その中で、背の低い木のような、はたまた巨大なキノコのような、不思議な植物が育てられている。どうやら米はその植物の為の肥料らしい。その植物をナイフで傷つけると、どろどろした気味の悪い汁が溢れ出す。農民達はその下に袋を下げて汁を集め、大きな壷へと移していた。そんな様子を眺めている横で、ゴロベエさん達が先程の女性に私達の事を話していた。
 
「恐れる事はない。我等は訳あってカンナ村に行くところでな」
「オラの村だ。このおさむれぇ様達に、野伏せり、斬ってもらうだ」
「そんな、大それた事を」
 
その女性は無理だと言わんばかりに言う。しかしリキチさんはぐっと拳を握って語る。
 
「奴らに米食わせるために、オラ達は土いじりしてる訳じゃねぇだ」
 
熱くなるリキチさんの肩に、ゴロベエさんが手を乗せて止めた。
 
「娘さん、名はなんと申す」
「ホノカ」
「形が、式杜人とは違うが…」
 
カンベエさんが一歩進みでて、その女性、ホノカさんに尋ねる。ホノカさんはカンベエさんを見て、淡々と語り始めた。
 
「あたしも、野伏せり様に村を追われたの。他の皆もそう、いろんな村から来てる」
 
話しながら、ホノカさんは作業をしている人達の方へと目を向ける。
 
「今はここで生かしてもらうかわりに、式杜人の食べ物を作ってるの」
 
そういえば、この空洞に入ってすぐに、式杜人が瓶から何かを吸っているのを見た。あれはあの植物から採れた汁だったのか。納得しながらも、私は少しだけ気味が悪くなった。
 
「うーん、これはアカネ村の米ですねぇ」
 
不意に、後ろに居たヘイハチさんが上げた声に振り向く。ヘイハチさんは大八車の上に乗った袋から米を一握り取り出して、生のまま口にしている。傍に座っているコマチちゃんが感心したように言う。
 
「ほぉー、解るですか?」
「後を引く甘みがある」
 
私は慌ててヘイハチさんを止める。
 
「へ、ヘイハチさん…!勝手に食べちゃ駄目ですよ」
「いやはや、米を前にすると、つい。その米を妙な植物の肥料にするなんて、私には考えられませんがねぇ」
 
ヘイハチさんの言葉は僅かに棘を含んでいたが、ホノカさんは何も言わなかった。そのまま、カンベエさん達に向けて、説明を続ける。
 
「これから採れる汁しか、式杜人は口にしません」
「気味の悪い連中だなぁ」
 
キクチヨさんの言葉に、私も同感だった。
 
「ずっと見られているような…」
 
カツシロウさん達の傍に居たシチロージさんが、不満げな声を上げる。この洞窟の天井にも、無数の式杜人がぶら下がっていた。ホノカさんが振り返り、暗い声で呟くように言う。
 
「見られています。ここはそういう所」
 
思わず私は視線だけ上に向けて、式杜人を見た。式杜人は、じっと動かずにこちらを見ているようだった。
 
「おサムライ様、良ければ私の家で休んで行って下さい」
 
ホノカさんは先程の言葉をごまかすように、わざと大きな声でそう言っているように聞こえた。
 
 
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