水路を抜けた先の堀を進んでいくと、洞窟が見えてきた。その時、後ろから鈍いモーターの音が響いてくる。
 
「おいでなすったか」
 
ヘイハチさんの声に私も後ろを振り向くと、小型のボートに乗り、かなりのスピードで追手が迫って来ていた。しかしこちらは竿一本。シチロージさんが水底を突く腕に力を込めるが、距離は縮まる一方だった。私達の乗った船が洞窟に入る。
 
「誰か居るです!」
 
コマチちゃんの声に、私も洞窟を見た。全員が無意識に身構える。
 
「式杜人」
 
シチロージさんの声に、私は蛍屋での話しを思い出す。
 
『式杜人の住処を抜けるのが難点ですが』
『我等を通してくれますかなぁ』
『さぁ、皆行ったきりですから』
 
「あれが、式杜人…」
 
私は思わず呟く。妙な防護服に身を包み、顔をマスクで覆っている式杜人と呼ばれる者達は、天井から逆さまにぶら下がり、ただじっとこちらを見ていた。キュルキュルとワイヤーの音がし、僅かに天井から降りて来た者も居る。しかし下まで来る事は無く、途中で止まったままやはりこちらを見詰めるだけだった。
 
「止めろ」
 
カンベエさんの指示で、シチロージさんは漕いでいた手を止めた。追手のボートも減速し始め、やがて止まった。
 
「構わないよ、行っちゃえ」
「協定違反になります、若」
 
静かな洞窟に、追手の話し声が響く。どうやら追手はこれ以上中に入って来れないらしい。良かった、と、安堵しそうになったその時。あの青年が横に居たカムロからボウガンを取り上げる。
 
「若っ!」
 
テッサイさんが止めるのも聞かず、若と呼ばれた青年はボウガンの矢を放った。カツシロウさんが刀を抜き、ゴロベエさんが船首から飛び出す。
 
「ナマエッ!カツシロウッ!!」
 
ゴロベエさんの言葉にハッとした時。ピュゥッと矢が風を切る音と共に、右腕に鋭い痛みが走った。そこへ矢を防ごうと飛び出したゴロベエさんが倒れ込んで来て、私はヘイハチさんに思い切りぶつかってしまう。
 
「おぉっと!」
「う…っ、ごめん、なさい…っ」
「いや、なんの」
 
ヘイハチさんがしっかりと受け止めてくれたおかげで、なんとか船から落ちずに済んだ。自分の服に付いた血を見て、ヘイハチさんがハッと私を見る。
 
「ナマエ殿、腕に怪我を…!」
「わ、私は大丈夫です…それより、カツシロウさんが…!!」
 
倒れる直前目に映ったもの。私の腕を掠めた矢は、カツシロウさんの右足に刺さったのだ。
 
「若!式杜人に当たったら、ただでは済みませんぞ!」
「お前こそ!あの子の腕に掠っちゃったじゃないか!跡が残ったらどうしてくれるわけっ!?」
「式杜人を怒らせてはならぬと申し上げているのです!奴等は虹雅峡を一瞬にして灰にする事も出来るのですぞ!」
 
向こうの船では、テッサイさんと若と呼ばれた青年が言い争っている。しかし私達はそれどころではなかった。ゴロベエさんは私に短く謝ると、すぐにカツシロウさんの様子を見た。カツシロウさんに傷の上の太股を抑えるよう言い、キララさんに止血の為のさらしを用意するよう指示する。そして左手でしっかりとカツシロウさんの足を抑える。
 
「我慢しろ」
 
その言葉の後に、ゴロベエさんはカツシロウさんの足に刺さっていた矢を一気に引き抜いた。あまりの痛みにカツシロウさんが思わず呻き声をあげるが、すぐに歯を食いしばって耐える。すぐにキララさんがさらしを巻いて止血を行うが、それもあっという間に血で赤く染まった。それを見た私は、まるで自分が傷を受けたような思いになり、ぎゅっと唐紅を握りしめた。
 
「撤収する!反転だ」
 
テッサイさんの声が響き、追手のボートは反転し来た道を戻っていった。それに気付いたキクチヨさんが、船首の方で身を乗り出すようにして後ろを見る。
 
「お、逃げるか?」
 
キクチヨさんの動きでぐらぐらと船が揺れる。そのせいで揺れる視界の中に、しゅっと上から何かが降りて来た。式杜人だ。
 
「な、何なんだ、てめぇら」
 
キクチヨさんがうろたえる。皆も不安げな表情で上を見上げた。
 
「一難去ってまた一難、と」
 
シチロージさんが軽い調子でそういうが、その目はしっかりと式杜人に注意を向けていた。ほどなくして、式杜人は何も言わず、何もせず、再び洞窟の天井へと戻って行った。棒を持ち直しながら、シチロージさんはカンベエさんの指示を仰ぐ。
 
「宜しいので?ここから先は禁足地です」
 
皆も、言葉を待つようにカンベエさんを見た。カンベエさんはじっとそれを見てから、前に向き直って言う。
 
「行くしかあるまい」
 
その一言で、シチロージさんは再び棒を使って船を漕ぎ始めた。式杜人は黙ってこちらを見つめているだけ。重苦しい雰囲気に、誰も何も言わない。ただじっと、不気味な光景を見上げていた。やがて、洞窟の先が明るくなる。出口かと思い、そちらに顔を向けた一行は、そこで思わぬものを目にした。
 
「なんと。本丸とは…」
 
シチロージさんが、驚きの声を上げる。大きな空洞の中で青白い光に照らされるそれは、巨大な機械だった。乗り物…のようにも見えるが、所々が壊れ、朽ちている。私はおずおずとシチロージさんに声を掛ける。
 
「あの、本丸って…?」
「あぁ。お嬢ちゃんは確か、記憶を無くされてるんでげしたね」
「はい…」
 
きっとカンベエさんが話したのだろう。シチロージさんは巨大な機械を目で指しながら説明してくれる。
 
「本丸型戦艦。大戦時には二の丸、三の丸を従え、本拠地として使われていた戦闘艦でさぁ」
「大戦…」
「お嬢ちゃんの歳じゃ、ご存じないかも知れませんがね」
 
シチロージさんの言葉に、大戦を経験しているのであろうカンベエさん、ゴロベエさん、そしてヘイハチさんは少しだけ暗い表情を浮かべた。その時、前の方でキクチヨさんがシチロージさんの方を向く。
 
「おい、桃太郎」
 
その声でシチロージさんは前に向き直る。そしてむすっとした声でキクチヨさんに言い返す。
 
「誰が桃太郎だって?アタシはシチロージ」
「なんでもいいや。禁足地ってなんだ?」
 
その問いで、シチロージさんは困ったように顔を上げ辺りを見る。
 
「皆そう言ってるようだが、実際はどうなんだか…」
「これから解ってくることでしょう。ほれ、あれを」
 
ヘイハチさんがそう言って、岸辺の方を指差した。その先を見やると、式杜人が地面に降りて、瓶から細い管を使い何かを吸っている。それを見たコマチちゃんは怖いと言ってキララさんにしがみ付く。キララさんも息を飲んでその光景を見つめている。その後ろでは、吊り下げられた金属の塊が流れて行き、その前を巨大なクレーンで運ばれてきた何かが通り過ぎた。クレーンに乗せられた何かは、下に居た式杜人の合図でゆっくりと降ろされる。私はその光景をじっと眺めていた。
 
 
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