そうしてほっとしたのも束の間。これからの事を話し合う頃には、もう夕方になっていた。私のせいで…と謝ろうとすると、カンベエさんは気にするなと短く言った。
 
「キクの字が随分目立っちまったからなァ。来るぞ、サムライ狩り」
 
マサムネさんの言葉に、私は身を固くした。またあんな場所に容れられるのかと思うと、無意識に背筋が寒くなる。そんな様子を察したのか、隣に座っていたヘイハチさんが私の肩をそっと叩き、大丈夫ですよと言ってくれた。私はその笑顔に少しだけ安心し、小さく頷いて見せる。ゴロベエさんがカンベエさんの方を向く。
 
「サムライ狩りは上からくる。我等はさらに下へ身を隠す。では如何かな」
 
その提案に、マサムネさんが静かに唸った。
 
「下へ逃げる、ねぇ…」
「気がかりか?」
 
カンベエさんがそう問うと、マサムネさんは真剣な顔つきで答える。
 
「要所は全て固めているだろうし」
「抜け道は、ご存じないか」
 
マサムネさんは頭を掻いて、しばし考え込む。そしてふっと思い出すように言った。
 
「昇降列車が使えるかも」
「昇降列車?」
「上と下を繋いでた荷運び列車でさァ。昔の話しですがねェ」
「よっし、決まりだ決まりぃ!」
 
話しを聞き終わるか終らないかのうちに、キクチヨさんが立ち上がってそう宣言する。ゴロベエさんがそれを静かにたしなめるが、良いだろンな事と、キクチヨさんは気にしない。カンベエさんは寄りかかっていた廃材から身を起こすと、「参ろう」と言う。
 
「今は、他に手はない」
 
その言葉に、私も含め全員が同意した。ゴロベエさんが屋根に登り敵が来るのを見張っている間に、一行は出発の支度をする。私は元々刀しか持ち物がなかったので、必要な物があれば持って行くと良いと言うマサムネさんの言葉に甘えたヘイハチさんが工具を漁る様子を眺めていた。
 
「うーん、どれにしようか迷ってしまいますねぇ」
「…私も何か持ちましょうか?」
「いえ、そんなに沢山持って行ってはマサムネ殿に悪いですから」
「あ、そ、そうですよね…っ」
 
何となしに口にしてしまった事が恥かしくなり慌てていると、ヘイハチさんに穏やかな笑みを向けられてしまった。居たたまれなくなった私が視線を逸らすと、向こうではキララさんがコマチちゃんの支度を手伝い、リキチさんは残った米を全てお礼にとマサムネさんに譲り、残りの荷を背負っている所だった。その米というのはキララさん達がサムライを雇う為に用意したなけなしの物だったらしいが、持って行くには重過ぎた。
 
「ったくこんなこって、ほんに村ぁ守ってくれるサムライは集まるんだか…」
 
そう零すリキチさんに、コマチちゃんが妙に神妙な声で「心配ありません」という。え?という顔をするリキチさん達に向かって、コマチちゃんは小さく舌を出す。
 
「へへっ、姉様の真似です」
 
それを聞いていた私は思わず少しだけ笑いそうになってしまった。キララさんの落ち着いた物腰とその言葉は、確かに有無を言わせぬ不思議な力強さを感じる。村では水分り(みくまり)という巫女を務めていたらしい。そのせいで纏う空気も神秘的なものとなり、余計にそう感じさせるのだろう。
 
「先生」
 
カツシロウさんがカンベエさんを呼んだその声に、思わず私達も振り向く。カンベエさんだけは自分が呼ばれたのにも関わらず、黙って次の言葉を待っていた。
 
「私もご一緒して、よろしいのでしょうか」
 
そういったカツシロウさんに、背を向けたまま答える。
 
「…仕方あるまい」
「ではっ!?」
 
何故か嬉しそうに聞き返したカツシロウさんに、カンベエさんが振り向く。そして厳しい口調でカツシロウさんの言葉を遮った。
 
「勘違いするな。お前もキクチヨもサムライと称している以上、ここに居てはやはりマサムネ殿に危害が及ぶ」
 
がっかりとした顔をするカツシロウさんの傍にキクチヨさんが来て、その肩に大きな手を乗せる。
 
「カツの字もまだサムライとしちゃあ認めてもらってねぇとよ」
 
その言葉で、私はやっと気付いた。カンベエさんが私を侍とは認めないと言った時、キクチヨさんは“また”と言った。この二人もまだ、理由は分からないけれど、侍と認められていないのだ。
 
「しんがりは俺が務めるぜ。さっきの名誉挽回でござる!」
 
キクチヨさんの言葉に、カンベエさんは黙って頷く。そこに工具を漁り終えたヘイハチさんがやってきて、先程のフォローをするようにキクチヨさんを煽てる。キクチヨさんが嬉しそうに答えた時、見張りについていたゴロベエさんが降りてきた。
 
「おいでなすった!」
 
その言葉で、一同は身を引き締める。逃亡の準備をしていたマサムネさんが、天井から逆さまに首だけ出して一行を呼んだ。キクチヨさんがガシャガシャと音を立てて入口に駆けて行く。少しでも時間稼ぎをするために、入口の傍にあった大きな廃材を使いバリケードを作るのだ。それを見ていた私の肩をカンベエさんがそっと押す。
 
「行くぞ」
「あ、はい…!」
 
促されて、私もキララさん達の後に続き梯子を登った。さまざまな用途に使われている細いパイプの通り道と通気口を兼ねて、街に張り巡らされた太いパイプの群。その中をマサムネさんを先頭にして這うように進んでいく。マサムネさんの後ろにカンベエさん、カツシロウさん、ゴロベエさん、ヘイハチさん。その後ろにコマチちゃん、キララさん、私。そしてしんがりはキクチヨさんが務めている。時々後ろを振り向きつつ進むキクチヨさんが、手を滑らせて転びそうになる。そのたびに思わず大丈夫かと聞く私に、キクチヨさんは心配しねぇでさっさと進めと答えた。が、その直後に頭を天井に打ったりしていたので、その後は出来るだけ危ない箇所がある時はキクチヨさんに予め注意をしながら進んで行った。しばらく行くと、パイプが下にと向かって切れていた。地面に向かって順番に降りて行く。私の番になった所で下を見てみると、地面までは少し高さがあった。しかし下でヘイハチさんが手を広げて待ってくれている。私は思い切って掴んでいた梯子から手を放す。ヘイハチさんは難無く私の体を捕まえると、すとんと地面に降ろしてくれた。
 
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、次」
 
笑顔でそう答え、ヘイハチさんは再び上に向かって手を広げる。あれ、私の次は…そう言うよりも早く、上からキクチヨさんが降って来た。さすがにキクチヨさんの重みは受け止めきれなかったのか、ヘイハチさんが倒れる。
 
「おっとぉ、まずかったか?」
 
悪戯っぽく言うキクチヨさんに「いやなに」と力なく答るヘイハチさん。それを見てコマチちゃんは新入りは辛いです、と呟く。ヘイハチさんもまだ仲間になったばかりなのだろうか。とにかく私は慌ててキクチヨさんにどいてもらい、ヘイハチさんを助け起こす。
 
「いやいや、お恥ずかしい」
 
そういって笑うヘイハチさんにつられて、私も小さく笑った。
 
「何をしている、行くぞ」
 
少し離れた場所からカンベエさんの叱咤が飛ぶと、私達も慌ててその後を追った。しばらく進むと、駅のような場所につく。そこには古びた列車が一台と廃材があるだけで、随分と長い間、誰もここを訪れていないという事が分かる。昇降列車を見た一同はその見た目から、これに乗るのかという不安を抱いた。
 
「こんなオンボロで大丈夫かぁ?」
 
皆を代表するようにキクチヨさんがそう言うと、マサムネさんもうーんと唸った。ヘイハチさんに声をかけ、二人は昇降列車の点検にかかる。キララさんの不安げな顔を、コマチちゃんが見上げる。そんな様子を察したのか、カンベエさんは振り返り一言。
 
「案ずる事はない」
 
そう言った。キララさんはそれに小さく返事をする。カンベエさんはそのまま、後ろにいたゴロベエさんに目配せをする。瞬時にその意図を悟ったゴロベエさんがキクチヨさんと共に入口へ見張りに立つ。しかしその時すでに、追っ手は目視出来るまでの距離に迫っていた。カンベエさんがそれに気付き、マサムネさんに急ぐよう声を掛ける。
 
「四の五の言わずに乗んなァ!」
 
扉を開き、マサムネさんが顔を出して言う。カンベエさんが行くぞ、と皆に声を掛け、私達はそれに従った。列車に乗り込み、窓から外を見る。入り口ではキクチヨさんが錆びついていた扉を必死に閉めようとしていた。敵はもうすぐ傍まで来ている。間に合うかどうか。ギリギリという所で、なんとか扉はしまった。すぐさま二人とも列車に向かって走ってくる。カンベエさんは列車の中に落ちていた縄を拾い上げ、ヘイハチさん達の様子を見るべく機関室へと降りて行った。
 
「では、あっしはこの辺で」
「この借りはいつか必ず」
 
そう言いながら、マサムネさんをその縄で縛り上げる。
 
「な、何なさるんで?」
「我らに脅され、匿ったとでもした方が都合が良かろう」
 
驚きの声を上げるマサムネさんに、カンベエさんはそう説明する。瞬時にそこまでの機転を利かすカンベエさんに感心しながら、その様子を見詰める。マサムネさんもなるほど、と納得したようだったが、すぐに縄の締め付け具合に悲鳴を上げる事となった。
 
「らしくなければ、意味がなかろう」
 
カンベエさんはそう言うが、あの様子ではかなり痛そうだ。マサムネさんが少しだけかわいそうになる。その後ろへキクチヨさんが乗り込んできた。
 
「どうだぁ、ならあおたんも作ってやろうかぁ!?」
「お、お前だけはよせぇ!」
 
その言葉に、マサムネさんが縛られた時以上の悲鳴を上げる。しかしキクチヨさんは構わず拳を握りしめる。そして、
 
「力抜いとくぜっ」
 
そう言って思い切りマサムネさんの顔を殴る時、思わず私はぎゅっと目を閉じた。鈍い打撃音とマサムネさんの悲痛な声が聞こえる。恐る恐る目を開け、床に伸びているマサムネさんと目が合うと、私は申し訳なさから思わず頭を下げるのだった。
 
その時、駅の入り口でガァンッと扉が倒された音が響く。カムロ衆と呼ばれる警邏部隊が、突入してきた。キクチヨさんはマサムネさんの首根っこを掴み上げ、無造作に外へと放り出す。マサムネさんは縛られたまま地面を転がり、止まった所で恨めしそうにキクチヨさんを見た。その横を駆け抜け、カムロ衆が迫ってくる。
 
「もうちっと時間稼ぎが必要だな!」
 
そういって、キクチヨさんが列車から飛び降りる。背中の大太刀を抜き、カムロ衆に向かって力一杯振り回す。その勢いに、カムロ達は向かってくる足を止めた。
 
「こっから先は一歩も行かせねぇ!」
「キクチヨ!」
 
カンベエさんが扉からキクチヨさんを呼び止めるが、キクチヨさんは肩越しに振り向き、すぐに戻るでござる!といって敵に向かっていく。上でヘイハチさんが列車の留め具を外すと、錆びついていた列車は鈍い音を立てながらゆっくりと動き始めた。キクチヨさんはその間も戦い続け、向かってきた鋼筒(やかん)と呼ばれる機械を横薙ぎにした。飛んで行った鋼筒がマサムネさんの近くをがしゃがしゃと転がって行く。窓の視界が段々と下に移動し、もうすぐキクチヨさんが見えなくなってしまう。思わず私が声を出そうとした時、敵が動揺している間にキクチヨさんが後退し、「あばよぉ!」という声共に列車の上に飛び乗った。中にまで、がしゃんという鈍い音が響いてくる。それを聞いて無事に乗れたのだと確信出来た私は、ほっと窓から身を放した。
 
「ざまぁみやがれでござる!」
 
上の方から、カムロ衆達に向けたのであろうキクチヨさんの声が聞こえた。
 
「まったく…」
「無事に乗れて、良かったです…」
「さっすがおっちゃまです!」
 
カンベエさんが呆れた声を出し、私も思わず安堵の吐息を漏らす。コマチちゃんだけは全く心配などしてなかった様子で、キクチヨさんの活躍に嬉しそうな顔をしていた。
 
 
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