カタカタと音を立てているのは、珍しく臨也のパソコンではなく私のパソコン。正しくは臨也に借りて私が使っているノートパソコン。でもってその臨也の方は暫らく前までデスクトップパソコンを使って仕事か何かをしていたような気がしたのだが、先程からは何やらしきりに飲み物を取りに行ったり部屋の中を動き回ったり椅子の背もたれに寄り掛かって伸びをしたりとやたら落ち着きが無い。何があったか知らないが、同じ部屋の中で作業を行う身としては取りあえず欝陶しくて堪らなかった。
 
「さっきから何なの?」
「何って何が?」
「部屋ん中うろうろしたり、気が散るから止めて欲しいんだけど」
「気が散るって、どうせ君がやってるのっていつものチャットだろう?」
「はっ!今日はメールですぅ」
「大差ないよ。って言うかわざわざパソコンでメールって、誰と」
「静雄」
「ちょっと、俺のパソコンにシズちゃんのメール入れないでくれる?不愉快なんだけど」
「良いじゃん別に減るもんじゃないんだし、携帯で打つの面倒臭いの」
「そういう事してるともう君には弄らせないようにするよ?」
「…ったく、臨也のドケチ」
「何とでも言えば良いよ。消すからね」
「ちょ!」
 
こちらの傍へとやって来た臨也がノートパソコンに手を伸ばすと、咄嗟に文句を言うより早く、慣れた手付きでシャットダウンの操作をされてしまった。くそう、このネットオタクめ、ネカマめ。仕方がないと鞄から携帯を取り出そうとしている内に、臨也が隣へと腰掛けた。
 
「それよりさ、明後日の予定空いてるよね」
「明後日って何曜日だっけ」
「四日の水曜日」
「んー…特に何もなかったと思うけど」
「じゃあその日俺とデートね」
「は?」
「今日みたいに気の抜けた格好して来ないでよ」
「いつも代わり映えしないアンタに言われたくないわ。…ってそうじゃなくて、デートって何」
「どこかに出かけたり食事をしたり、比較的健全な男女交際の事でしょ。締めは人によりけりだけど。その歳になってこんな事も知らないなんて、余程縁が無いんだね…可哀想に」
「誰がデートって言葉の意味を聞いたよ、何で私がアンタとデートなんかしなきゃなんないのかって聞いてんの!」
「日本語は正しく使うべきだと思うよ。じゃないと時に悲しい誤解を生む事になるからね」
「黙れ。さっさと質問に答えろ」
「ほんの冗談じゃない。別に深い意味なんて無いよ、ただたまにはそういうのも楽しいかなって」
「じゃあ波江さん誘えば」
「波江が弟君以外とデートなんてすると思う?」
「私が好きでもない男とデートなんてすると思う?」
「メリットがあればね」
「…何があるっての」
「クラシック音楽のコンサートを聞いた後、一流ホテルでディナー。夜は最上階のスイートルームで過ごす予定なんだけどって言ったら?」
「どこのセレブだ」
「滅多に味わえない気分でしょ。しかも料金は全て俺が持つし」
「…何企んでんの」
「企む?」
「臨也が何の見返りもなしにそんな待遇を、しかも私相手にするなんて考えらんない。絶対後で何か法外な要求してくるに決まってる」
「やだなぁ、俺ってそんな悪人に見える?」
「うん」
「即答って、心外だな。俺はただ自分のパソコンすら満足に買えない君を不憫に思って純粋な好意から誘ってあげてるって言うのに」
「嘘くさ…」
「とにかく、明後日の夕方四時に待ち合わせだから。気合いを入れて準備してくれるのは嬉しいけどくれぐれも遅れないようにね」
「いや、まだ行くなんて言ってないし」
 
私の文句など聞きもせず、はい決まりとか言いながら立ち上がると臨也は仕事机の方へと戻って行く。ちょっと、と声をかけても聞こえない振りを決め込むつもりらしく、先程とは打って変わって機嫌良さそうにパソコンへと向かいあっていた。暫らくその様子を睨み付けていたが、手にした携帯が震え出した為に諦めてソファーへと座り直す。液晶に表示された先程の返事らしい静雄のメールを読みながら、返信ボタンを押した。
 
 
“臨也からデートに誘われたんだけど”
 

 
 
 
BACK
 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -