夕方。予定よりもかなり早く待ち合わせのファミレスに着いたが、名前は既に待っていた。店員に話を通して席へ向かうと、ぼんやりと窓の外を眺めていた名前がこちらへと向き直り、俺に気付いて驚いたような表情を浮かべる。
 
「しずおくん!約束してた時間よりもだいぶ早いけど、もうお仕事は終わったの?」
「ん、ああ。まあな」
 
まさか名前の事で仕事が手に付かず早退させてもらったなどと言える筈も無いので、適当に相槌をうっておく。かわりに、そういうお前こそどうしたと聞けば、名前は「しずおくんに会うのが楽しみだったから」と恥ずかしげも無く笑って答えた。素直なところも昔のままだなと、思わず俺も笑みが零れる。晩飯とするにはまだ少し早い時間だったので、とりあえずドリンクバーだけ注文し、適当にカルピスを選んでグラスに注ぐ。名前の前には飲みかけのオレンジジュースが置かれていた。
 
「今朝しずおくんと別れた後ね、久し振りに家の近所とか公園を見に行ったんだけど、すっかり変わっちゃったんだねー。途中で迷子になるかと思った」
「二十年近く経てば、そりゃ変わりもするだろ」
「やっぱりそういうものなのかなぁ」
 
名前は不貞腐れたように唇を尖らせたが、寧ろ覚えている方が凄いように思う。ついこの前まであった建物さえ、そこに縁が無かったならすぐ忘れてしまってもおかしくないだろう。カルピスを口にしながら、丁度この前セルティの奴とそんな話しをした事を思い出す。
 
「あ、でもね、しずおくんの事はすぐにわかったよ!金髪になっててちょっとびっくりしたけど」
「あー、これな。先輩がこの方が舐められねぇって言うから」
「なめられる?」
 
言ってしまった後になって後悔しても遅かった。別段隠し立てするつもりは無いが、何も知らない名前に今の自分を知られる事で、拒絶されるのが怖かったのも確かだ。
 
「その、なんつーか、中学や高校の時はよく喧嘩とか吹っ掛けられて、な」
「えぇー!しずおくんが喧嘩してたなんて信じられない。でも確かに、すぐカッとなっちゃう所もあったもんねー」
 
当時の事を思い出して無邪気に笑う名前とは対照的に、俺の顔は暗く沈んで行く。実際にはカッとなるという表現程度では済まない事になっていたのだが、それを口にせずに居る事で、名前を騙しているような気になったからだ。やはりきっちりと話すべきか。俺の異常な力を知れば、名前は今朝の言葉を撤回した上で俺の元を去って行くだろうが、それが名前の為であり、俺の為でもある筈だ。けれどそうやって一人ぐだぐだと悩んでいる間に、話題は次へと移っちまう。
 
「ねえねえ、お仕事は何してるの?バーテンダーさん?」
「いや、前はそうだったんだけどな、首になった。今はなんつーか、借金の取り立てをしてる」
「そうなんだ。だけどどうして今でもバーテン服なの?」
「幽の奴が大量に送って来たのが余っててな、仕事着として着てんだ」
「かすかくん!あのさあのさ、羽島幽平くんってかすかくんだよね?名前を並べ変えると平和島幽ってなるし!」
 
映画もドラマも全てチェックしているという名前に、そうかと言って笑い返す。幽は名前の事を覚えているか解らないが―…いや、小せぇ頃は「名前お姉ちゃん」と呼んで随分と慕ってたんだ、きっと覚えているだろう。再会を知ればアイツも喜ぶに違いない。だが幽にまで糠喜びはさせたくねぇ。俺の異常な力についてを先に話すべきか、それとも名前の真意を尋ねるべきか。悩んで視線を彷徨わせた所で、俺は今日二度目の後悔をする事になった。

 
 

 

140410
 
 
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