あるところに、神無村という小さな村がありました。その村では毎年米の収穫時期になると、野伏せりと呼ばれる、戦の後に行く宛てを無くした侍達の集団が、米を奪いに来ておりました。村人達は悩んだ末に、侍を雇って野伏せりと戦う事を決意しました。侍達は見事に村を守ったばかりか、野伏せり達の本拠地である都をも落としてしまいました。侍のお陰で、農民達は野伏せりに怯えて暮らす事は無くなりました。
 
けれど、侍達も無傷ではありませんでした。ある者は野伏せりに撃たれて死にました。ある者は自らの命と引き換えに都を墜落させました。ある者は仲間の放った銃撃に巻き込まれて死にました。ある者は都が村へと衝突するのを防ぐ為に、最後までその場に踏み止まり、燃え尽きました。
 
私はそれを見ているだけでした。彼らが戦い、死に行く姿を、唯々見ているだけでした。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
崩れ落ちたナマエの身体を受け止めたのは、傍らにいたキララでも、咄嗟に彼女の名を叫んだゴロベエでも無く、キュウゾウであった。ゴロベエが腰を浮かした時、視界の端を紅色が瞬く間に過り、ナマエの身体が地に着くよりも早くその身を抱きとめていたのだ。周りはその事に驚きながらも、突如意識を失ってしまったナマエの身を案じ、傍へと駆け寄る。たった今まで恐怖に身を震わせ、涙を流していたというのに、まるで動力の切れた絡繰りのようにぴくりとも動かない。呼吸すら止まってしまったかの様子に、一同の脳裏に不穏な影が過ったものの、次の瞬間にはナマエの眉間に僅かな皺が寄り、短い吐息が零れ落ちた為、辛うじて最悪の想像は振り払われた。
 
「一体何があったのです?ナマエさんは?」
 
焦りを含んだヘイハチの声が聞こえ、カンベエは頭上を見やる。
 
「解らん、突然倒れてしまった」
「まさか…!?」
「いや、意識を失っているだけのようだ。…すまぬが、お主は作業の方を進めてくれ」
「…承知しました」
 
煮え切らぬ色を残しながらも再び斬艦刀の陰へとヘイハチの姿が隠れたのを確認してから、カンベエは再びナマエを見下ろす。シチロージが横から指示を仰ぐかのようにカンベエの名を小さく呼ぶのを聞きながら、カンベエは険しい表情を浮かべて言う。
 
「…このまま目を覚まさぬようであれば、置いて行くしかあるまい」
 
キララが小さく息を飲む音だけが響く。元よりカンベエはナマエを連れて行く気は無かった為、彼女が意識を失ったのは幸いだとも言えた。ナマエの力は間違い無く戦力となる、だが、それは彼女に死ねと言うのと同義であった。策が無いと言ったのは、決して嘘などでは無いのだ。真っ向からぶつかって、散り行くしかない此度の戦。カンナ村で已む無く野伏せりと対峙した時とは違い、彼女に刀を取るよう強制する者の居ない今この時こそが、彼女が人の道へと戻る唯一の機会なのだと。それが彼女の為なのだと。
 
然し、カンベエの想いを打ち砕いたのは、誰でも無いナマエ自身の声であった。
 
「待って、ください…!」
 
震える両の瞼が、緩やかに開かれる。苦悶の表情を浮かべながらもキュウゾウの腕から身を起こし、支えようとするキララの手さえ緩やかな拒絶を示して、ふらつきながらも己が足で立つ。頭が痛むのか片手でこめかみを押さえつつも、しっかりとカンベエの目を見据えている。その目に、今までとは違う、確固たる決意と確信のようなものが宿っているのを見て、カンベエの瞳が動揺に揺れた。
 
「カンベエさん…お話が、あります…」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
棘饅頭の群生地や大八車とは反対の方角へ、斬艦刀から離れた場所まで移動したところで足を止める。ここまで来れば他の人に会話を聞かれる事も無いだろう。まるで鈍器で殴られた後のようにズキズキと痛む頭を押さえて居ると、後ろに付いて来てくれていたカンベエさんが気遣うように問い掛けた。
 
「…痛むのか?」
「少し…。でも、大丈夫です」
 
私は頭へと添えていた手を降ろし、カンベエさんの方へと振り返る。カンベエさんは相変わらず険しい表情と鋭い視線で私の事を見詰めていた。その目は、カンナ村で初めて人を斬った事を自覚したあの夜を彷彿とさせ、私の心を重くする。けれど言わなくてはならないと、視線を逸らす事無く真っ直ぐに見詰め返す。
 
「急にこんな事をお話しても、俄かには信じて頂けないかと思うのですが…」
 
何処から切り出すべきかと迷う私の心情を察したように、カンベエさんが口火を切る。
 
「記憶が、戻ったのだな?」
 
その言葉に一瞬短く息を飲みつつも、大きく一つ頷いてみせる。そして、私は自分が如何にして、何をする為にこの場所へとやって来たのか、どうして戦う事が出来るのかといった事柄を、洗い浚い話した。そして、これから何が起こるのかも。 
 
 
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