「ナマエ、暫し良いか」
「はい?」
 
道場の前を通りかかった時、中からカンベエさんの呼ぶ声がして、私は足を止めた。覗いてみればカンベエさんだけでなく、皆が揃って古い防具や竹刀の手入れをしている。今日は大掃除の日であっただろうか?なんて疑問が顔に出ていたのか、ヘイハチさんが笑って説明してくれる。
 
「実は明日、子供達を集めて剣道の体験会を開く事になりましてね。こうして人数分の道具を用意してる所なんですよ」
「それはまた、急なお話ですね」
「キクチヨがまた何処ぞで安請け合いしてきたようでな」
「なんだとぉ!?生徒が減って経営が回らねぇとか嘆いてたのはおめぇらじゃねーか!」
「確かにそうは言ったが、こうも急に連れてくる奴があるか」
 
ゴロベエさんの言葉にキクチヨさんが文句を言い始めるも、シチロージさんの言う事も一理あると、思わず納得してしまう。ここ数年の間だけでも剣道を習おうという人はかなり減っており、昔は大勢居たらしい門弟さんも今ではヘイハチさん、キュウゾウさん、キクチヨさん、カツシロウさんの四人だけとなってしまっていた。ゴロベエさんが開いていた道場も、同様の理由で閉める事になってしまったらしい。今ではカンベエさんやシチロージさんと同じく、この道場で師範を務めてくれている。子供向けの剣道教室を開くなりして何とか経営を保ってはいるが、収入が苦しいという話は私も何度か耳にしていた。キクチヨさんはそんな道場を思って行動してくれたのだとは思うのだが、今日の明日というのは聊か急過ぎる。
 
「それに防具の数も足りてませんでしたしねぇ」
 
ヘイハチさんがそう言いながら、キクチヨさんと、そしてカツシロウさんの方を見る。釣られて私が二人に目をやると、カツシロウさんが怒ったように口を尖らせて言う。
 
「なっ!私はキクチヨ殿が言った通りの数を用意したまでで…!」
「なんだよ!おめぇまで俺様が悪いってのかよ!」
 
キクチヨさんもキクチヨさんで、怒りの矛先をカツシロウさんへと向ける事にしたようで、ああだこうだと言い合いを始めてしまった二人を余所に、カンベエさんが短い溜息をつく。
 
「とまぁ、こういう次第でな…悪いがお主、蔵へ行って後一式、防具を取って来てはくれぬか」
「わかりました」
「…俺も行こう」
 
それまで黙って竹刀の手入れ作業を行っていたキュウゾウさんが腰を上げようとするも、私は笑って緩やかに首を振る。
 
「大丈夫ですよ、それくらい私一人でも持って来られますから」
「…そうか」
「一人だけ逃げようったってそうはいきませんよ、はい、お次はこれです」
「…」
 
再び腰を降ろしたキュウゾウさんにヘイハチさんから竹刀が放られる。受け取ったキュウゾウさんは無言でそれを見詰めた後、小刀でささくれを削り取る作業を再開した。そんな様子に思わず笑みを零してから、行ってきますと言って道場を後にする。
 
蔵へと向かう途中に通った庭ではキララとコマチちゃんが道着や袴を干していた。この道場はキララ達の実家であり、元々は二人のご両親が経営をしていたのだが、数年前にそのご両親が事故でお亡くなりになってからは、キララ達のお父さんと共に師範を務めていたカンベエさんが住み込みという形でその後を継ぎ、キララとコマチちゃんは道場の隣にある私の家で一緒に生活をするようになっていた。キララと私は幼馴染で、家が隣同士という事もあり家族ぐるみでの付き合いがあったのだが、今では本当に家族のように思っている。
 
「あ、ナマエちゃん!帰ってたですか!」
「うん、ただいまコマチちゃん」
「おかえりなさいです!」
「どちらに行かれるのです?」
「カンベエさんに頼まれて、防具を取りに。キクチヨさんが持ってく数を間違えちゃったみたいで、一つ足りなかったんだって」
「ありゃりゃ…おっちゃまったら算数もきちんと出来ないですか…オラ、おっちゃまの将来が心配です」
「これ、コマチ」
 
キクチヨさんよりも随分と年下であるにも関わらず、胸に手を当てて心底不安げな声を上げるコマチちゃんをキララが嗜める。そんな二人と共に笑いあってから、私は蔵へと向かう足取りを再開させた。

 
 
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