夜になり、辺りがすっかり暗くなっても、ヘイハチさんの作業は続けられた。私は小さなオイルランプを持ち、ヘイハチさんが少しでも見やすいようにとその手元を照らしている。
下ではカンベエさんとシチロージさん、ゴロベエさんの三人が、紙に書き起こした都の図面を頼りに、作戦を練っている最中だった。
 
「…お主、都へ行った事は?」
 
不意にカンベエさんが少し離れた岩へ腰かけているキュウゾウさんに尋ねる。それは以前、私もキュウゾウさんへと尋ねた事のある問い掛けだった。尤も、カンベエさんのそれは私の時とは意味合いの異なるものであり、あの時と同じ答えを返したキュウゾウさんに対して、カンベエさんはさらに問いかけを続ける。
 
「装備は大戦時のままか?」
「凡そ」
「うむ…主機関を如何にするか」
 
顎鬚を撫でて考え込むカンベエさんに、ヘイハチさんが手を止めて声を掛ける。
 
「切り離せばいいんですよ。下手に撃沈させてしまったら、ここら一体の土地は穢れて死にます」
「という事はヘイさんの好きな米を育てる土地が消えると」
「ですねぇ…米の為にも頑張らねば」
 
真面目なのか冗談
なのか、シチロージさんの言葉にヘイハチさんはうんうんと答える。この調子だと、ヘイハチさんが主機関の切り離し作業とやらを担当する事になるのだろう。そう思った瞬間、疼くような鈍い痛みが頭の中を走る。咄嗟に額に手を当てた事で揺らいだランプの灯に気付いたのか、ヘイハチさんが不思議そうにこちらへと顔を上げる。
 
「ナマエさん、どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません…ちょっと頭痛がしただけで」
「それは大変。ここはもう良いですから、下に降りて休んでいて下さい」
「でも、ヘイハチさんばかりに仕事をさせる訳には…」
「う〜ん、それじゃあ下に降りて、キララ殿から茶を一杯頂いて来て貰えますか?」
 
そう言って再び下を見るヘイハチさんの視線を追って私もカンベエさん達の方を見やると、丁度キララさんがお茶を淹れて持ってきてくれたところだった。解りました、と返事をしてランプを一旦足元へと置き、私は慎重に斬艦刀から降りて行く。その途中、シチロージさん達が話す声が聞こえてくる。
 
「主機関はヘイさんに任せるとして、カンベエ様、我ら如何にされます。果たして策は」
「無い」
 
はっきりと言い切ったカンベエさんのその言葉に、私も、そして他の皆も息を飲み、一瞬その動きを止めた。
 
「…無い、ですか…」
 
重い沈黙の中で呟かれたシチロージさんの言葉に、カンベエさんは声音を変えずに言う。
 
「今度こそ死が待っている」
 
その言葉を聞いた瞬間、脳裏を過ったのは先程までの和やかな一時であった。あのような時間がこの先も続く筈など無いと解っていながらも、心の何処かではそれを望んでいたのだろう。明るい未来を信じて疑わぬコマチちゃんと、その未来を掴み取る為に張り切るキクチヨさんの、あの嬉しそうな笑顔が忘れられない。けれどそんな未来が来る保証など、何処にも無いのだ。あるのは絶望的な状況、ただそれのみ。
 
「…っ」
 
自覚した途端、今さら恐怖に身体が震え出す。抑えようと必死に腕を掴んでみても、止まらない。それどころか涙まで溢れ出してくる。
 
「…ナマエ?」
 
ゴロベエさんが私に気付き、その声で他の皆からも視線が集まる。私は乱れる呼吸を押し留めるように口へと手を当てながら、何でも無いと首を横に振る。
 
「ごめん、なさい…大丈夫です、すぐ、収まりますから…っ」
 
けれど言葉とは裏腹に涙は止まる事を知らないかのように、次から次へと零れ落ちて行く。「ナマエさん…」と、キララさんが小さく私を呼ぶ声が聞こえ、いつの間にか傍へと来てくれていたらしいキララさんの手が、私の肩をそっと抱く。キララさんでさえもこんなにも気丈に振舞っているというのに、私は…。
 
「…ナマエ。お主はここに残れ」
「…っ!」
 
咄嗟に首を横へと振る私に、さらに鋭さを増したカンベエさんの声が響く。
 
「死を恐れる者を戦場へと連れて行く訳にはいかん、足手まといになるだけだ」
「ちが、ちがうん、です…っ、わたしが、わたしがこわいのは…っ!」
 
コマチちゃんの笑顔が、キクチヨさんの未来が、皆の命が、この戦で…散ってしまう事だ。
 
「ナマエさん!?」
「ナマエ!」
 
ああ、そうだ。思い出した。
 
「わたし、は…っ」
 
皆を救う為に、ここへ来たんだと。
 
 
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