ゴロベエさんとシチロージさんが大八車を斬艦刀があるこの場所へと移動させ、そこから取り出した幾つかの工具を用いてヘイハチさんが修理を始める頃には、辺りは夕暮れに染まっていた。操縦席に乗り込んだヘイハチさんに向かって、カンベエさんがその経過を問う。
 
「どうだ」
「恐らく飛べますよ」
「良し。修復が終わり次第、都へ向かう」
「ほいきた」
 
そのやり取りを見て、カンベエさんの隣へと戻って来たシチロージさんが納得したように頷く。

 
「成程、確かに大八車よりはこっちの方が速そうだ。斬る事は出来ずとも足としては十分です」
 
この時には、私にもカンベエさんの意図が理解出来ていた。カンナ村で朽ちた斬艦刀を見つけた時、シチロージさんが教えてくれた言葉を思い出したからだ。
 
『斬艦刀…それ単体でも人が乗る事によって突撃艦として使える、雷電達の刀でさぁ』
 
そう、カンベエさんはこれを武器では無く、突撃艦として利用しようとしているのだ。都は待ってはくれないと言うカンベエさんの言葉に耳を傾けていると、頭上から大きな声が降ってくる。それは、何故かヘイハチさんと一緒になって斬艦刀の上へと登っていた、キクチヨさんのものだった。
 
「じゃあ、いよいよだな?」
 
それが何を意味するのか、誰もが言葉にせずとも理解していた。いよいよ、都へと攻め込む時が来たのだ。ゴロベエさんが手に持つ扇子をパッと開いて意気揚々と言う。
 
「戦艦相手に刀で斬り込む、一世一代の大勝負!さぁて…命、売りましょか」
「おう!売ってやろうでござる!武士なら戦場でくたばるのが本望ってモンよぉ!」
 
ゴロベエさんの言葉に勢い付いた調子でキクチヨさんが声を張り上げた、その直後だった。私のすぐ傍から大きな大きな泣き声があがったのだ。驚いてそちらを見やれば、なんとコマチちゃんが泣いている。キララさんも驚いた表情を浮かべながら戸惑っているようだった。
 
「コマチ、どうしたのです?」
「何かあったの…?」
 
しゃがみ込んだ私がコマチちゃんの肩にそっと手を掛けると、コマチちゃんは泣きながら言う。
 
「おっちゃま死ぬのやですー!」
 
それを聞いた私は一瞬身を強張らせたものの、ドスンッ!という音と共に私達の目の前へとキクチヨさんが飛び降りて来た事の方へと気を取られ、すぐに意識は逸れてしまった。
 
「おいおい、今のはだなぁ…つまりその、男の心意気ってこった!おめぇ残して誰が死ぬか」
 
身を屈めてそう語るキクチヨさんにコマチちゃんも少しずつ落ち着きを取り戻したようで、涙声ながらも「本当ですか?」と問い返す。それを見たキクチヨさんは思いついたように身を起こしながら、自分の懐へと手を入れ何かを取り出してみせる。
 
「そんじゃこうしようぜ。こいつを預かっててくれ、これは俺様のサムライの証だぁ!」
 
それは緑色をした巻物だった。免許皆伝か何かの証だろうかと、すっかり泣き止んだ様子のコマチちゃんの肩から手を離し、立ち上がった私が疑問符を浮かべる横で、コマチちゃんが呟く。
 
「盗んだ家系図…」
「え?」
「盗んだんじゃねぇ、拾った!…あ!…まあそんな事はどうでも良い」
 
いや、良くは無いんじゃ…。思わずそんな事を思ってしまったが、どうやらコマチちゃん達はこの家系図の事を知っているらしい。私が仲間へと加わる前に、きっと何かがあったのだろう。ほんの少しの寂しさを覚えながら、しゃがみ込んだキクチヨさんに場を譲るようにそっと身を引く。
 
「おめぇが一等最初に俺様をサムライって認めてくれた。だからおめぇに、俺の証を預かってて貰いてぇんだ。必ず取りに戻る!約束だ!」
「…わかったです!」
 
そういって差し出された家系図を、コマチちゃんはしっかりと両手で受け取り、大事そうに抱きかかえる。この二人がどういう経緯で知り合ったのかは解らないが、コマチちゃんとキクチヨさんの仲の良さは、私だけでなく誰もが知るところだろう。そこにある確かな信頼に、私は思わず頬が緩むのを感じる。だが、実際のところはそれだけで無かったようだ。
 
「じゃあ、おっちゃまもオラと一つ約束するです!」
「おう、何でも言ってくれ」
「おっちゃま、オラがおっきくなったら、オラの婿になれです!」
 
コマチちゃんの突然のプロポーズに驚いたのは、どうやらキクチヨさんだけでなく、この場に居た全員のようであった。シチロージさんやゴロベエさんが微笑ましいものでも眺めるかのように笑顔を浮かべる中、キクチヨさんは動揺したように声を震わせている。
 
「おお俺はこんななりだ!稲刈りも出来ねぇ身体だぜ!?」
「オラ、おっちゃまの事大好きです!オラが食わしてあげるです!」
「くうぅ〜、泣けてくらぁ!…本当にこんな俺で良いのか?おい」
「はいです!」
 
満面の笑みで答えるコマチちゃんに、キクチヨさんは感極まった様子で大きな雄叫びをあげる。そしてコマチちゃんを抱き上げると、とても嬉しそうにはしゃぎ始めた。
 
「早くでかくなれ!コマチ坊!俺様はおめぇの婿になるぜぇ!!俺は世界一幸せモンだー!」
 
キクチヨさんに肩車されたコマチちゃんも、さっきの泣き顔は何処へやら、楽しそうにきゃっきゃっとはしゃいでいる。そんな二人の様子を眺めながら、この場はほんの一時、和やかな空気で満たされた。パンッと音を立てて扇子を閉じたゴロベエさんが陽気な声で言う。
 
「よぉし、では二人の仲人は某が務めようではないか!カンナ村一、盛大な婚礼にして進ぜよう!カンベエ殿は婿殿の養父といったところかな?」
「なにぃ!?カンベエが俺様の父親ぁ!?」
「おっちゃまはおっさまの事を追っ掛けて来たですから、オラもぴったりだと思うです!」
「な、なにぉう!?」
「勘弁してくれ…」
 
苦笑気味に首を横へと振るカンベエさんだが、その声音は何処か嬉しそうにも聞こえてしまう。シチロージさんもそれを察したのか、おどけて乗じる。
 
「では、古女房のアタシはさながら養母役ってぇところですかねぇ」
「おいおい、おめぇは男じゃねーか!」
「だってキララ殿はコマチ殿の姉、ナマエ嬢ちゃんも歳が若過ぎるでげしょ?」
「いや、そりゃそうだけどよぉ!」
 
確かに私が母親役では、子供であるはずのキクチヨさんよりも年下という事になってしまう。何より父親役がカンベエさんならば、母親役はキララさんがやりたかっただろう、なんてキララさんを見やれば、私の思いを察したのか、それとも同じ事を考えていたのか、目が合ったキララさんは頬を赤らめて顔を背けてしまった。
 
ふとそこで、思い出したかのようにコマチちゃんが声をあげる。
 
「でも順番だと、オラ達よりも先に姉様とナマエちゃんが結婚する事になるですよ」
 
その言葉に、一瞬場が静まり返った。私とキララさんだけが、一拍遅れて間の抜けた声を上げる。
 
「え、えぇ…!?わ、私達は、その…ね、ねぇ、ナマエさん?」
「えっ!?あ、そ、そうですよ!そういう事は何も順番が決まってる訳じゃあ…」
 
ああでもこの時代だと年齢順に嫁ぐのが当たり前なのだろうか、なんて独りでに混乱している内に、コマチちゃんは更に言葉を続ける。
 
「ナマエちゃんは好きな人がいないのですか?」
 
今度こそぴしりと固まる私。先程までの和やかな空気が一変して、今は奇妙な沈黙が流れている。何故今に限って誰も横槍を入れてくれないのかと的外れな批難を抱えながら、ぐんぐんと顔に熱が集まって行くのを感じる。それを見たキクチヨさんが顎を摩りながら「はは〜ん」と何やら意味深な声を漏らすのを聞いた瞬間、嫌な予感が走った。
 
「そいつぁおめぇ、聞くまでもねぇよなぁ?何せこいつぁ…」
「わあぁっ!きききキクチヨさん!それ以上は駄目です!絶対言ったら駄目ですー!!」
 
キクチヨさんの今の声は、蛍屋で散々からかわれた時のそれと同じものだった。絶対にあの時の事を言うに違いないと思った私は、慌ててキクチヨさんの元へと向かいその胴をぽかぽかと叩く。「なんでぇ、照れんなよ〜」と明らかに面白がっているキクチヨさんに駄目だ駄目だと必死に首を振っている内に、その様子を見かねたらしいカンベエさんが溜息交じりの声で間へと割って入ってくれた。
 
「さて、そろそろ話は終いだ。…ヘイハチも作業が手に付かんようだしな」
「おっと、こりゃ失礼」
 
操縦席からこちらを見降ろしていたらしいヘイハチさんが、ばつの悪そうな声を上げて再び中へと引っ込む。キクチヨさんは話の腰を折られて不服そうだったが、何とか収まってくれたようで、私はほっと胸を撫で下ろした。とんだ災難だった…なんて言ったらキクチヨさんに失礼だけれど、コマチちゃんとキクチヨさんのように皆の前で素直にお互いの気持ちを伝え合う事は、私には到底真似出来そうに無いのだから、仕方が無い。そもそもまだ、自分の気持ちも、相手の気持ちも、はっきりとはしていないのだ。
 
ちらりとキュウゾウさんの方を見やると、先程までの話は向こうまで届いていたらしく、視線だけがこちらの方へと向けられていた。目と目が合った瞬間に、とくんと一つ、心臓が音を立てて跳ねる。その事に私が動揺を浮かべるよりも早く、キュウゾウさんの方が視線を再び荒野の方へと戻してくれたのだけれど、私は暫しの間、早くなる鼓動を押さえる為にその場を動けずにいた。
 
 
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