ある日、彼是数年の付き合いになっていた彼から、突然別れを切り出された。それは私が雨の日に決まって訪れて来る猫をリヴァイと名付けてから、暫く経った頃の事だった。
 
彼とは私が大学生だった頃に知り合い、お互い大勢の人とはしゃぎ回るよりも二人だけで静かな時を過ごすのを好む傾向にあり、自然と付き合い始める事になった。その後も特に盛り上がる事こそ無かったものの、時折連絡を取り合い、月に数度はデートをし、イベント時には特別な時間を共有していた。ゆくゆくは結婚も視野に入れていただけに、突然他に好きな人が出来たと言われても俄かには信じられず、けれど彼の目はとても真剣なもので、その向こうに確固たる想いがある事に気付いてしまった以上、私は引き止める事も縋る事も出来ずに、淡々とそれを了承する事しか出来なかった。確かに胸の痛みはあれど、人前で涙を流す事に抵抗を覚えるだけの理性は残っていたのか、それとも泣く程に辛い事では無かったという事なのか、家への道程を唯々ぼんやりと歩きながら、降り出した雨に打たれて思ったのは、早く帰ってリヴァイの為に窓を開けなければ、という事だけであった。
 
家に帰り、明かりも付けぬまま部屋を通り抜け、窓を開けてやる。既に来ていたらしいリヴァイは慣れた動作で窓枠を跨いで中へと足を踏み入れるも、そこにいつもは置いてある筈のタオルが無い事に気付いた為か、途中でその動きを止め、こちらを見上げる。そこで私も漸くその事に気付き、「ごめんね」、と思わず謝罪の言葉を口にしながら急いでタオルを用意する。けれどリヴァイは床に置かれたタオルにいつもの如くすり寄る事無く、そのままじっと私を見詰め続ける。猫と視線を合わせてはいけない、そんな注意すらも忘れて、私もその青みがかったグレーの瞳に魅入られてしまう。やがて私はその場にゆっくりと腰を降ろし、無意識の内に口を開いていた。
 
「今日ね、付き合ってた人に、振られちゃったんだ……他に好きな人が出来たんだ、って」
 
そうして言葉にする事で初めて実感が湧いて来たかの様に、じわじわと涙腺が緩むのを感じる。今更になって彼の事を心から愛していた事を理解し、されど最早手遅れであるのだと、如何しようも無く情けない自分が無性に腹立たしくもあり、酷く惨めにも思えた。一度溢れ出してしまえばそれを止める術も無く、化粧が崩れる事も構わず手の甲で何度も目元を拭いながら、只管嗚咽を漏らした。そこにリヴァイが居る事も忘れて。
 
だが、リヴァイはそんな私を置き去りにしようとも、冷たく突き放そうともしなかった。不意に足元へと触れる湿った感触。そのあまりの違和感に驚き、咄嗟に顔をあげる。見れば濡れたままのリヴァイが、私の足にその身をすり寄せていた。決してこちらに意識を向ける事も、触れさせようともしなかったあのリヴァイが、まるで慰めてくれるかのようなその行動に、じわりと胸の内へと温かな感情が湧き上がる。
 
「……有難う、リヴァイ」
 
小さなその頭を撫でながら、私は悲しみと喜びの入り混じった涙を流し続け、その間リヴァイはずっと傍らへと寄り添ってくれていた。後に憂いも後悔も然程引き摺らずに済んだのは、紛れも無くリヴァイのお蔭だった。

 
 

 

【空知らぬ雨】 空から降ったわけではない雨、という意から、涙のこと
140316
 
 
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