季節は六月。梅雨真っ只中のこの時期は頻繁に天気が崩れ、来客の頻度も格段に多くなった。
 
私達の間には特に何かがある訳でも無く、軒先を貸す者と借りる者、ただそれだけの関係だった。それでも雨の日には決まってここに現れる猫を眺めていて、幾つか気付いた点がある。まず、その猫はとても綺麗好きであるらしい事。どの様な時であっても雨と共にふらりとやって来る様子から、野良猫である事は間違い無いようなのだけれど、毛並みはいつ見てもつやつやと整っていて、汚れている姿は一度も見た事が無い。雨宿りをしている最中も時折毛繕いをしている様子であった。次に、中々に警戒心が強いらしい事。何度か歩み寄ってみようと窓辺に近付いてみた事があったのだが、その度にすぐさまこちらの気配に気付き、振り向いて腰を浮かせる様子が見て取れた。初めて出会った時のように雨の中へと駆け出す事は無かったものの、そんな態度を取られてしまうと私も渋々引き下がるしか無くなってしまう。最近はカーテンの開け閉め程度であれば動じなくなったようだけれど、人に触れられるのは相当嫌なのかも知れない。
 
けれど私は今日、互いの距離を一歩近づけるべく行動を起こす事を決めていた。雨が降り出して間も無くの頃、もうすぐあの猫がやって来るか来ないかというタイミングで、私は窓をほんの少しだけ開き、その前にタオルを置いてみる事にした。ささやかな歓迎の印であるのだけれど、あの猫は気付いてくれるだろうか。もしかしたら気付いた所で受け入れてはくれないかも知れないけれど、出来る限り根気良く続けてみようと思っている。この一歩を踏み出す事で今の関係が崩れ去ってしまうかも知れないという不安もあったけれど、私はどうしても、ガラス一枚隔てた中と外との距離を縮めてみたくなったのだ。
 
然し、そんな私の不安を煽るかのように、今日に限って猫は中々姿を現さない。いつもならば雨が降り出してから数分も経たない内にやって来るというのに、あれから三十分以上は経っている。もしかしたら途中まで来た所で私の意図に気付き、引き返してしまったのだろうか。このままもう二度と、あの猫が訪れてくれる事は無くなってしまうのだろうか。そんな考えばかりが浮かび上がり、折角の休日だというのに読み掛けだった本の内容すらも全く頭に入って来ない。
 
半ば諦めかけていた時、ずぶ濡れになった猫が漸く庭隅にその姿を現した。いつもの通り道である垣根の隙間を潜り抜けた所で、その歩みが一瞬ぴたりと止まる。いつも座り込んでいる定位置にタオルが置かれ、傍らの窓が開いている事に気付いたのだろう。出来るだけ平静を装いながら横目で猫の様子を窺っていると、不意に猫がこちらへと視線を向けた。まるで私の意図を探るかの様なその仕草に、慌てて本へと顔を戻す。ああ、これでは下心があると言っているようなものだ。自分の浅はかな行動を悔やみながら暫く本を見詰めた後、恐る恐る庭の方へと視線を戻すと、いつの間にか猫の姿は消えていた。やはり立ち去ってしまったのだろうかと、落ち込みかけた所で気付く。置いてあったタオルが僅かに膨らみ、もぞもぞと動いている事に。如何やら私の気遣いは猫に受け入れて貰えたらしい。暫く様子を見ていると、身体についた水分を一通り拭い終えたらしい猫がタオルの中から這い出して来た。けれど室内に入ろうとはせず、そのままタオルの上に腰を降ろして乱れた毛並みを整え始める。最初から何もかも上手く行くとは思っていなかった私は、これだけでも十分な成果であると満足し、残りの時間をゆったりと読書に費やす事にした。

 
 

 

【梅の雨】 梅雨
140316
 
 
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