キララさんがカンベエさんを呼ぶ声が聞こえ、私もキクチヨさんも動きを止めて顔を上げる。見ればキララさんの他にも、準備を終えたらしい皆の姿があった。サナエさんやリキチさんもちゃんと居る。カンベエさんとヘイハチさんの下へと向かうのを見て、私とキクチヨさんも一度ボートから降りてそちらへ行く。私達が着く頃には、リキチさんはカンベエさんに向かって土下座をしていた。
 
「都を…都さ叩き潰してけろ!」
「…頼まれずとも、やる覚悟だ」
 
リキチさんの懇願に対し、カンベエさんはリキチさんの前へ片膝をつきながら静かに告げる。キクチヨさんも大太刀を肩に乗せながら「おうよ、任しときな」と勇ましく答えた。
 
「奴らはカンナ村へ向かっている」
 
カンベエさんの言葉に、リキチさんが驚いた様な表情を浮かべる。私は昨夜見た夢を思い出し、胸に不安が過るのを感じた。夢の中で見たカンナ村にリキチさん達が居なかったのは、虹雅峡へ向かう為に村を出てしまっていたからだとしたら、やはりあの夢で見た出来事は本当の事だったのだろうか。燃える村と、次々に殺されて行く人々…その光景を思い出し、私はぎゅっと胸のあたりを掴んだ。大丈夫、まだそうと決まった訳では無い。キクチヨさんがウキョウさんの性根を叩き直してやると意気込み、コマチちゃんもそれに合わせて元気に腕を振り上げていた所で、マサムネさんの声が飛び込んで来る。
 
「あり合わせで作ってみた、どんな矢でも使える筈だ。持ってけ」
 
そう言ってマサムネさんがカンベエさんに渡したのは、引き金を引く事で矢を発射出来るクロスボウだった。鉄砲を使う敵が居るのに対してサムライは刀しか持たない為、たとえ一つでもこうした飛び道具が加わるのは有り難い。
 
「またアンタの刀、研がせてくれや。…待ってるぜ」
 
マサムネさんの言葉に、カンベエさんは力強く頷いて見せる。そして、その場に居る全員の顔を見詰めた後、「参るぞ」と皆に声を掛けた。それに従って歩き出そうとしたシチロージさんに向けて、ユキノさんが二度、火打ち石を鳴らす。切り火というお清めや厄除けのまじないだ。「いってらっしゃいな」と明るい声で言うユキノさんに、シチロージさんは呆気に取られた様子で目を瞬かせる。
 
「…やっと戻って来たってのに随分あっさり送り出してくれますねぇ」
「だって、お土産なんにも持って来てくれなかったじゃないのさ」
「あいたたたた」
 
そういう事かというように、おどけた様子でシチロージさんはばつの悪そうな顔を浮かべる。
 
「おぉ、熱いねぇ御両人!」
「ひゅーひゅーです!」
 
キクチヨさんとコマチちゃんの言葉で、その場に和やかな笑いが広がる。尤も、ユキノさんの言葉が本心ではないという事は、皆理解しているのだろう。今度こそ死ぬかも知れない戦に行くのだ、本当ならば引き留めたいに違いない。最初に蛍屋を訪れた時、シチロージさんを見送るユキノさんが泣いていたのを思い出す。皆に余計な不安を与えないようにと気丈に振舞うユキノさんを、私も見習わなければと思い、胸元を掴んでいた手をそっと離した。
 
ユキノさんやマサムネさん達を桟橋に残し、私達を乗せたボートは走り出す。その後ろから、ヘイハチさんの乗った鋼筒がついて来る。洞窟に入ってから式杜人の里に着くまでの道程は何事も無く進んで行き、手漕ぎの船で進んだ前回に比べて遥かに早く辿り着く事が出来た。
 
「ここに、姉さんが?」
 
ミズキさんの言葉に頷いたカンベエさんがボートを停める様に指示すると、操縦を担当していたシチロージさんは岸に船体を寄せて静かに停泊させた。ミズキさんが真っ先に岸へ降り立つと、作業をしている人達の方に向かって走って行く。カンベエさんとゴロベエさん、そしてリキチさんとサナエさんがそれに続いて行き、私達はボートからその様子を見詰める。再会を果たした二人は嬉しそうに手を取り合っていた。
 
「カンベエ殿のお蔭かぁ…これで負け戦の大将なんだから、世の中良く解りませんねぇ」
 
鋼筒から身を乗り出して頬杖をついていたヘイハチさんが零した呟きに、私は少しばかり驚く。本殿で野伏せりの大将と戦った際にそれを聞いた時はまさかと思ったが、ヘイハチさんがそう言うならば、敗軍の将だったという話しは本当なのだろう。意外な気持ちでカンベエさんの背中を見詰める中、隣に居たコマチちゃんが言う。
 
「でも戦場の匂いがするです」
「なんです?それは」
「怖ーい匂いです…」
 
振り向いたヘイハチさんに、コマチちゃんがお化けの真似でもするかの様にどんよりと手を垂らしながら低い声で答える。私は益々疑問符を浮かべるばかりだったが、不意にヘイハチさんがキララさんの方を見て、
 
「あれれ?何故キララさんが赤くなるんでしょうね?」
 
と言ったので、コマチちゃん、それに私達の後ろに居たキクチヨさんとも一緒になって、思わずキララさんの方へと顔を向けた。その時、突然天井から何人もの式杜人が私達を取り囲むように降りて来た為、コマチちゃんが驚きの声を上げる。
 
「なんでぇ、ビックリするじゃねぇか」
 
キクチヨさんがさして驚いた様には聞こえない声でそういうと、コマチちゃんが何かを思い出した様に大きな声を上げた。
 
「あ!忘れてたです!」
「なんでぇ、コマチ坊」
「おっちゃま、式杜人の服、都に置いて来たですよぉ!」
「おぉ!」
「!ごめんなさい」
 
コマチちゃんの言葉でキクチヨさんとキララさんもその事を思い出したらしく、式杜人を見上げて謝罪し始める。そういえば、そのうちの一着は都から逃げ出す際にアヤマロさんが着ていたのだが、私達と会って行動を共にして居る最中に、いつの間にか脱ぎ捨てていた。思えばどういう経緯でキクチヨさん達があの服を手に入れたのか、聞いた覚えが無い。少なくともこの様子を見ると、借りた…という訳では無さそうだ。何となく私まで申し訳なくなってしまい、困った思いで苦笑を浮かべている内に、数人の式杜人がボートの上へと降り立つ。騒ぎに気付いたカンベエさん達が戻って来た時、キクチヨさんが勢い良くその場で土下座をした。
 
「すまねぇ!ホントにすまねぇ!こんな身体で良けりゃ気の済むまで殴ってくれて構わねぇでござる!」
「本当に申し訳ない事をしました」
「オラからもごめんです」
 
キララさんも深く頭を下げ、コマチちゃんもキクチヨさんの上に登って二段重ねで土下座をする。式杜人が何かを言う前に、シチロージさんが慌てて三人を庇うかの様に間へと割り込む。
 
「皆さん、御怒りはちょっと治めて穏便に…ね?」
「この人達を許してあげて下さい。私達がこうして会えたのも、この人達のお蔭なんだから」
 
ホノカさんも必死に訴えてくれる。式杜人は互いに顔を見合わせると、キクチヨさん達の元へと歩み寄って言った。
 
「あいや許さぬとは言っていない」
「じゃあ許してくれんのかい!?」
 
キクチヨさんが勢い良く身体を起こした為、上に乗っていたコマチちゃんが転がり落ちる。私が慌ててコマチちゃんを助け起こしている間に、式杜人は言葉を続ける。
 
「都滅する事を果たすまで、これは貸しとしよう」
「貸し…?」
「左様。戦の支度はここで出来る」
 
それを聞いた私達は皆、多かれ少なかれ驚きや戸惑いの色を浮かべる。商いの相手である筈の都を式杜人が潰して欲しいと願う理由が解らない上、「協定違反じゃないんですか?」というヘイハチさんの言葉に、私も思わず頷いてしまう。式杜人は誰の敵にも味方にもならない、完全な中立の立場だった筈だと。然し式杜人はヘイハチさんの方へと僅かに振り向きながら答える。
 
「都より解き放たれる好機、見逃せん」
 
結局、私達は式杜人の好意により、ここでさらなる支度を整える事となったのだった。
 
 
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