「ナマエさん…ッ!」
「キララさん、あの、ごめんなさ―…わわっ!」
 
カンベエさんに皆が居る座敷へと案内された所で、キララさんと再会した私はすぐに今までの事を謝ろうとしたのだが、最後まで言葉を紡ぐより早く飛び込んで来たキララさんに驚いて、それを受け止めるので精一杯だった。こんな風に自分の感情を露わにさせるキララさんは珍しい様に感じたが、そういえばコマチちゃんとはよくこんな風に抱き合って居るところを目にした事があったなぁと思い出す。それでも新鮮な事に変わりは無く、今は自分自身がその立場にあるのだと思うと、照れくさい様な嬉しい様な、こそばゆい気持ちになった。
 
「無事で良かった…本当に、無事で…っ」
「…心配をお掛けして、すみませんでした」
 
微かに震えるキララさんの背中を宥める様に軽く叩く。程無くすると、キララさんは落ち着きを取り戻したのか慌てて私から離れる。その顔は真っ赤になっていて、何だかとても可愛らしく見えた。すぐにコマチちゃんとも会いたかったが、もう寝てしまったとの事だったので、それは明日へと取って置く。カンベエさん達と共に来ていたマサムネさんや、女将のユキノさんとも再開の挨拶を交して、私達は遅い夕食を取る事となった。とはいえカンベエさん達は既に済ませて居た上、キュウゾウさんは自分は必要ないと断わった為に、食べるのは私とアヤマロさんだけだったが。
 
「いつもそんなもったりした食い方なのかよぉ?そんなんじゃ、朝飯食ってるうちに昼飯時になっちまうだろぉ。だからそんなぶくぶく太ってんだなぁ!ちったぁ農民を見習え!」
 
キクチヨさんがアヤマロさんの膳の前にしゃがみ込んで、その食べ方にケチを付け始める。以前は虹雅峡の差配を勤め、サムライ狩りを行い、その後都にも身を置いていたアヤマロさんの事を、簡単には信用出来ないのだろう。キクチヨさんの全身からとげの様な物が感じられる。それを気にも留めていないのか、それとも単に気付いていないのか、優雅に口元を拭いながらアヤマロさんが言う。
 
「戯け。腹も空かぬ内に次の膳を食す事になる余の方こそ、大儀この上無い…」
「うるせぇこんにゃろう!」
 
それには流石のキクチヨさんも我慢ならなかったのか、憤慨したように噴気孔から煙を吐き出しながら、アヤマロさんの膳を取り上げてしまった。「もう食わさねぇ」というキクチヨさんに対し、それまで黙って座っていたカンベエさんが腰を上げながら制止の声を掛ける。反論しかけたキクチヨさんの横を通り過ぎ、膳がどけられた事で空いた其の場へと膝をつくと、カンベエさんはアヤマロさんに向かって尋ねた。
 
「ウキョウは何を企んでおる」
「…街の衆の前でそちの処刑を見世物にしようとしたのも、女達を解放して見せたのも、全てはウキョウが天下を操らんが為じゃ」
「操る…?」
 
私も思わず箸を止め、二人の会話に耳を傾ける。
 
「左様。商いは表と裏を使い分け、虚と実とを読み合うものじゃ。ウキョウは虹雅峡では人の為にと表の顔を見せ、裏では邪魔な者を始末にかかっておる。そちに言った事は、全て嘘じゃろう」
「嘘付きなら俺も知ってるぜぇ?勝つ為なら平気で一芝居打てる。だから強ぇのなんのって!」
 
キクチヨさんが途中で口を挟む。私には具体的になんの話しを指しているのか解らなかったものの、少なくともそれがカンベエさんに向けられた皮肉であるという事だけは、キクチヨさんの口振りから察する事が出来た。
 
「目的を成す為には嘘も良い。余はウキョウにそう教えた」
「ご立派な息子じゃねぇか、親の教えを守って。街じゃ米を配る良い天主様」
「場合によっちゃ野伏せり使って村をぶっ潰すってか?おい!」
 
ウキョウさんが言っていた事は、やはり嘘だった。もしかしたら話せば解ってくれる人なのかも知れないという淡い思いが、私の中で徐々に消えて行くのが解る。同時に、私やキララさんの身に迫る危険も、まだ少しも解消されてなどいなかった事を改めて知る。必要な話しは聞き終えたとばかりにカンベエさんが再び腰を上げると、手摺りに片腕を乗せて廊下に座り込んだまま沈黙を貫き通していたキュウゾウさんが漸くその口を開く。
 
「まだ仕事が残っているのか」
「その様だな。…待たせてすまぬ」
 
謝罪を耳にしたキュウゾウさんが、静かな目でカンベエさんを、そして私を見る。その瞳に焦りや苛立ちの色は窺え無かったが、元々感情の読めない人なので、その心の内までは解らなかった。
 
 
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