そこまでを話し終えた所で、私達は表通りの近くへと差し掛かった。前を歩いていたキュウゾウさんが不意に立ち止まったかと思うと、私の方へと視線を向ける。
 
「島田はこれから、どう動く」
 
一拍置いて、それがこれからどうすべきかという相談であると気付いた私は、少しばかり目を伏せて考えてみる。カンベエさんなら、あの後どうするか。
 
「…蛍屋に、向かうのではないでしょうか。カンベエさん達だけならばともかく、今は都に捕らわれていたリキチさんの奥さん達も一緒なので、すぐにカンナ村へ向かうのは大変でしょうし。蛍屋なら、ホノカさんの妹さんを送り届ける為に式杜人の里へもすぐに向かう事が出来るので」
 
私の答えを聞いたキュウゾウさんは、早速下層へと向かう昇降機へと向かって行く。それに続く中、アヤマロさんが控えめな声で私に尋ねた。
 
「そちは一体、何者じゃ。ウキョウが今までになく執拗に探して居ったという話しも耳にして居るが、先程キュウゾウが、そちにも手を出すなと言うておった。あやつがわざわざそのような事を申すなど、マロは今までに聞いたことがないぞえ」
「え、と…」
 
昇降機に乗り込みながら、私はそれにどう答えるべきかと悩む。確かにキュウゾウさんの言葉には驚いたが、それは私が妖刀である紅の使い手だからであり、カンナ村での仕事を終えた後に再戦を誓っている為なのだが、まさかその事を言える筈も無い。何も言わない私に対し、アヤマロさんが僅かに身を乗り出すようにして言う。
 
「そなた、キュウゾウの眼鏡にも適う程の腕を持つサムライと見た。どうじゃ、余の護衛とならぬか?」
「そ、それは…」
 
出来ない、と言うより早く、突如横から伸びてきたキュウゾウさんの腕によって私はアヤマロさんから引き離される。
 
「キュ、キュウゾウさん?」
「こやつはやらぬ」
 
見上げたキュウゾウさんは、鋭くアヤマロさんを睨み付けていた。私もアヤマロさんもそれにたじろき、何も言えなくなってしまう。昇降機から降りてからというもの、キュウゾウさんは私とアヤマロさんが言葉を交わすのも許さないとばかりに、しっかりと私の横を歩いていた。その途中、不意にキュウゾウさんが足を止め、通りの一点を見つめ出す。その視線を辿るように私もそちらへと目を向けてみると、町行く人々の合間に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
 
「カツシロウさ…っ」
「行くな」
 
思わず呼び止め、そちらへと向かいかけた私を、キュウゾウさんが制す。まだ皆と合流は出来ないということだろうかとキュウゾウさんの方を見やるも、キュウゾウさんはただじっとカツシロウさんの背を見詰めているようだった。私が再び視線を向けた時にはもう人波に隠れて見えなくなってしまっていたが、何かおかしな点でもあったのだろうか。カツシロウさんが一人きりだったのは確かに気になったけれど、キュウゾウさんが何も言わぬまま歩みを再開させた為、私はそれ以上深く考えるのを止めてしまう。少なくともカツシロウさんが此処に居るという事は、カンベエさん達が蛍屋に来ているのは間違いないだろう。私達は蛍屋へと向かう足を少しばかり早めた。
 
 
 
そして、店の前にある小さな橋の袂へと辿り着いた時だった。殺気を感じ取った紅が素早い反応を示す。
 
「裏手に敵が…!」
 
私の言葉を聞くが早いか、キュウゾウさんと私は店の裏側へと向かい駆け出す。アヤマロさんの焦る様な声が聞こえたが、それに振り向いている余裕は無い。店の角を曲がった先では、傘を被り、武骨な鎧を纏った様な五体の影が右腕の先に火を灯し、今にも店に焼き討ちをかけんとしていた。逸早くキュウゾウさんがその場へと走り込み、次々に敵の右腕を斬り落として行く。まずは火による攻撃を防ぐ為だ。敵の中央へと飛び込んだキュウゾウさんは、四体の鎧に四方から襲い掛かられる。だがキュウゾウさんはそれをいとも容易く斬り伏せて行く。
 
「おのれえぇ!」
 
残る一体が背後からキュウゾウさんへと迫るのに気付き、私は咄嗟にその軌道上へと身を躍らせ、鎧を縦に斬り裂いた。背後でキュウゾウさんが刀を納める音がする。
 
「おらおらおらおらぁ!キクチヨ見参!」
 
程無く、蛍屋の方から駆けて来る足音と、威勢の良い声が聞こえて来た。紅を鞘へと納めた所で、カンベエさんとキクチヨさんがやって来る。カンベエさんはキュウゾウさんと、そして私の姿を見つけると、僅かに驚いた様な表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべて言う。
 
「…一足遅かった様だな」
「あ、キュウの字にナマエじゃあねぇか!」
「カンベエさん、キクチヨさん…!」
 
お久し振りです!と、私は感極まる思いで勢い良く頭を下げた。私の後ろに立つキュウゾウさんは、未だ振り向かないまま足元に倒れた鎧を見詰めている。その背に向かい、カンベエさんが声を掛ける。
 
「よく、来てくれたな」
「…こいつらはお前を消しにかかった、故に斬った」
「へぇ、そりゃありがてぇや!おめぇも何だかんだ言ってカンナ村が気になってたんだなぁ!」
 
嬉しそうに言うキクチヨさんに対し、キュウゾウさんは「誤解するな」とその言葉を否定する。キクチヨさんとカンベエさんは驚いた様にキュウゾウさんの方を見るが、私はこれまでの経験からその理由が予想出来てしまう。
 
「俺は仕事が終わるのを待っているだけだ」
「…可愛くねぇ奴!」
 
微動だにせぬまま言葉を紡ぐキュウゾウさんに、キクチヨさんが拗ねた様な声を洩らす。キュウゾウさんらしい、なんて思ってしまった私は、思わずこっそりと苦笑染みた笑みを零すのだった。
 
「気を付けろ、これもウキョウの差し金だ」
 
そう言って、キュウゾウさんは桟橋の近くに立つ一本の柳へと僅かに顔を向ける。それに気付いた私達が同じ方向へと顔を向けると、柳の影から身体の半分をはみ出させるような形で、いつの間にかアヤマロさんが立って居た。キクチヨさんが「米蔵のオッサンじゃねぇか!」と呼ぶ所を見ると、どうやら二人は面識があるらしい。恐らくはキクチヨさんがサナエさんを助ける際に都へ乗り込んだ時、御蔵番だったアヤマロさんに会ったのだろう。こうして、私達は再びカンベエさん達との合流を果たしたのだった。
 
 
第十七話、再び!
 
 
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