あれから都は近在の村へ遊説に旅だったと言い、新しい天主の就任祝いとして、街の人々にはただでお米が振舞われていた。最初は米で釣るつもりなのだろうと皮肉を述べる人達も居たが、その魅力に抗う事は出来なかったのか、しっかりとその米は受け取っている様だった。カンベエさんの一件も含め、統治者としては立派なようにも思えるのだが、どうにもすっきりしないのは何故だろうか。その訳を知ったのは、それから程無くの事だった。
 
 
 
日は沈み、空には煌々と満月が輝き始めた頃。人目に付かぬよう路地裏を進んでいた私達の下に、何処からか小さな悲鳴が届いた。それを耳にした途端、キュウゾウさんが突然駆け出す。一拍遅れる様にして私もそれに続き、路地を曲がった先で見たのは、式杜人の防護服を何故か上半身にだけ纏って壁際に追い詰められている一人の人と、それを囲む三人の人の姿だった。その内の一人が、壁際の人物へと向かって今にも刀を振り降ろそうとしている。キュウゾウさんは一気に跳躍して距離を詰めたかと思うと、その人物を庇う様にして自身の刀でそれを受け止めた。次の瞬間、キュウゾウさんは押さえていた刀を弾いて僅かな隙を作り出すと、流れる様な動作であっという間に二人を一刀の下に斬り伏せてしまう。残る一人が虚を衝かれている内に、キュウゾウさんは相手の武器を叩き斬り、その喉元へと刃を突き付けた。予想外の展開に思わず途中で足を緩めていた私も慌ててその場へと駆け寄る。
 
「キュウゾウ…テメェ…」
「温情を謳いながら、全て消すつもりか」
「貴様には、関係ねェ…っ」
 
刀を突き付けられた男と、キュウゾウさんの声が聞こえて来る。私は襲われていた人が怪我を負っていないかを、その傍らへと膝をついて確かめる。
 
「大丈夫ですか?」
「そ、そなたは、ウキョウが探していた娘では無いか…」
 
私を見たその人の顔が、驚きの色に染まる。私は、私が尋ね人となっている事をその人が知っていたという点よりも、ウキョウさんの呼び方などに引っかかるものを覚えて、思わず疑問の声を洩らす。だが、横でキュウゾウさんが構えていた刀を降ろしたのに気付き、そちらに意識を奪われてしまう。
 
「…こやつと島田カンベエには、手を出すな」
 
そう言って背を向けると、キュウゾウさんは歩き始める。刀を突き付けられていた男は緊張の糸が切れたかの様にその場へと崩れ落ちた。見逃すつもりなのだろうかと思ったその時、突如振り向いたキュウゾウさんの一閃が、男の身体を斬り裂いた。私の隣から悲鳴染みた声が上がる。その時、倒れた男の身体の向こう側に人影を見た気がした。はっきりと断言出来なかったのは、それが瞬く間に消えてしまったからだ。キュウゾウさんは刀を鞘へと収めると、早く行くぞと言わんばかりに私の方へと目を向ける。
 
「あ…、そ、それじゃあ、私達はこれで…」
 
慌てて立ち上がりかけた私の動きは、突然着物の裾を掴まれた事で阻まれた。驚いてその先を見やると、先程襲われていた人が縋りつく様にこちらを見上げている。
 
「待って、待ってたも!キュウゾウ…!」
 
その視線がキュウゾウさんへと向けられた時、私も思わずキュウゾウさんを見た。
 
「お、お知り合いなんですか…?」
 
着物を離して貰えない為、私は中途半端に腰を浮かせた状態のまま問い掛ける。キュウゾウさんは僅かに目を細めてその人を見下ろしている。その顔が何処か不機嫌そうなのは、恐らく足止めされている今の状況を快く思っていないからだろう。ただ、私の問いに答えたのはキュウゾウさんでは無く、私の着物を掴んでいる人の方だった。
 
「余を知らぬとは、無礼にも程がある」
「え?えっと…す、すみません…」
「余は虹雅峡の前差配、アヤマロ。キュウゾウは余の護衛じゃ」
「昔の話しだ、今は違う。…行くぞ」
 
その人…アヤマロさんの言葉を遮る様にキュウゾウさんはそう言うと、痺れを切らしたかの様にさっさと歩き始めてしまう。見失っては大変だと、私はアヤマロさんの手が緩んだ隙に着物を抜き取り、急いで立ち上がった。
 
「こ、これ、何処へ行く…!」
「すみません、キュウゾウさんと離れる訳にはいかないんです。ごめんなさい…っ!」
 
慌てるアヤマロさんに何度も頭を下げながら、私はキュウゾウさんの後に続く。だが結局、暫くするとアヤマロさんも私達を追い掛けて来たらしく、息を切らせながら合流する事になった。さして気に留めた様子も無く歩き続ける所を見ると、キュウゾウさんはそれに関して何も言うつもりは無いらしい。また狙われる可能性のあるアヤマロさんを見捨てて行くのも忍びなかった為、私もこの方が幾分気が楽だった。それにしても、虹雅峡の前差配という事は、ウキョウさんの父親にあたるのだろう。それなのに、
 
「あの、如何してあんな所で襲われていたんですか…?」
 
キュウゾウさんの言葉から、あの男達がウキョウさんの差し金である事は理解していた。やはり、ウキョウさんの言葉には裏があったのだ。アヤマロさんは呻き声を洩らしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
 
アヤマロさんは偶然、サムライ狩りが行われるきっかけとなった勅使殺しが、大差配さんの命令によりウキョウさんが手下のゴーグル男と呼ばれる人を使って行ったのだという話しを聞いてしまった。その場は何事も無かったのだが、かつては虹雅峡の領主だったアヤマロさんがお蔵番という職に就かされてしまった事を不憫に思ったテッサイさんが、リキチさんの奥さん…サナエさん達を助ける為にキクチヨさん達の起こした混乱に乗じて逃げる様に取り計らってくれたのだそうだ。式杜人の防護服を着ていたのは、元々は都へ潜入する為にキクチヨさん達が着ていた物で、変装のつもりだったらしい。何故上半身だけなのかは解らなかったが、アヤマロさんは少々ふくよかな体格をしている為、もしかしたら入らなかったのではないかと思う事にした。そうして逃げる際中、追手に捕まって襲われていたという訳である。
 
 
次へ
 
 
BACK
 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -