刑の執行場所は、街と差配の御殿を繋ぐ橋の途中に設けられた仮設の処刑場だった。頂点を真下に向けた三角錐の台座の左右から鎖が伸び、それを二機の紅蜘蛛が支えている。処刑の時間は暮れ六つ刻。カンベエさんはそれまで刑場にてその姿を晒される事になっている。周りに遮る様な物も無ければ、身を潜められるような場所も無い。乗り込むとするならば、空中で停泊してる都から刑場へと伸びる階段を使うしかないのだが、その階段の途中には刑場よりも一回り小さな台座が踊り場になる様な形で設置されており、そこには恐らく刑を見届ける為に天主…ウキョウさんを始めとした、テッサイさんやカムロ衆が控える事となるだろう。人込みに紛れながら、少しばかりフードをあげてその様子を見上げた私は、絶望的とも言える状況に思わず溜息を洩らした。
 
「…カンベエさん、本当に大丈夫でしょうか…」
 
三人のカムロに左右と後方から刺股を突き付けられたカンベエさんが刑場へと降りて来る。首を固定する為の台座の前へとやって来たカンベエさんは、凛とした面持ちでそこに立って居た。その姿は何処か余裕すら感じられる様で、ただ死を覚悟してしまったかの様にも見える。思わず零した私の呟きに、隣で同じようにその様子を見上げていたキュウゾウさんは一瞥を向けただけで、何も言わずに視線を戻してしまった。今、私の手には外套の中に隠れる様な形で弓矢がある。万が一の場合、処刑人を射る事で隙をつくり、キュウゾウさんがカンベエさんを助ける手筈となったのだ。
 
『私が、やるんですか…!?』
 
いつぞやの時の様に、無言のまま目の前に差し出された弓矢を見て、私は目を丸くする。あの時は撃てる筈が無いという焦りからだったが、今は違う。少なくとも自分が弓を扱う事が出来る事は解ったものの、こんな大事な局面でちゃんと中てる事が出来るのかという不安から、私はそれをすぐに受け取る事が出来なかったのだ。そんな私の様子を見て、キュウゾウさんは言う。
 
『お前の腕前は、確かだ』
 
思ってもみなかったその言葉に、私は益々大きく目を見開く事となった。さらに少し、前へと突き出された弓矢。暫くの間、それと、キュウゾウさんとを交互に見やった末、私は意を決してそれをしっかりと受け取った。
 
そして、今に至る。狙うは刑の執行が為されるまさにその瞬間。まだ時間はあると言うのに、早くも私の心は不安に押し潰されそうになっていた。処刑場から視線を外し、何となく周囲に集まる見物人へと目を向ける。その中にマサムネさんの姿を見つけた時、私は思わず駆け出したくなる衝動を堪えた。その傍らにはキクチヨさんとその肩に乗ったコマチちゃん、そしてカツシロウさんとキララさんの姿もあったからだ。何も言えないまま、村から、そして工房からも去ってしまい、どれほど心配や迷惑を掛けてしまったかと思うと激しく心が痛む。けれど、今も私達はウキョウさんの手の者に何処からか見張られているかも知れない。そんな中で皆と接触を持てば、巻き込んでしまう可能性がある。私はフードを目深に被り直し、極力そちらを見ないよう努めた。
 
 
 
次第に空が夕暮れに赤く染まって行く、処刑の時間が近付いて来たのだ。程無くして、踊り場にあたる台座にウキョウさんとテッサイさん、それに紫色の衣を纏った長身の男が降りてくる。事前に聞いた話によると、紫色の男は大差配筆頭という地位に就いている人らしい。ウキョウさんが途中で民衆に向かい手を振ると、集まっていた人達のあちこちから囁き声が聞こえて来る。
 
「ウキョウ様だ…」
「アイツが天主?」
「世も末だな」
 
酷い言われようだ。ここ数日の聞き込みでも解った事だが、街でのウキョウさんの評判は決して良いものでは無かった。最も耳にしたのが、気に入った女性を無理矢理屋敷へと連れて行き、傍女として侍らせているというものだった。キララさんも、そして恐らくは私も、それが理由でウキョウさんに追われていたのだろう。そんな事を考えているうちに、大差配さんが拡声器を使って話し始める。
 
「聞け。ここに御座すは御天主様にして虹雅峡差配、ウキョウ様にあらしゃる。故郷への着任のご挨拶並びに、過日当地を騒がせた勅使殺害の下手人にして、先代御天主様への刃傷に及んだ島田カンベエをここで斬首獄門に処する為に参ったものである。賊はこれにて滅ぶ。民草よ、安心召されよ」
 
尚も前口上が続く中、カムロ衆によってカンベエさんが無理矢理に膝をつかされ、台座に首と両手首を固定される。執行人はこちらから見てカンベエさんの右側へと立った。カンベエさんは僅かに顔を横に向けて、執行人を見ているようである。そして不意に頭を横へ振って首に掛っていた髪をどけたかと思うと、左手首を曲げて自分の首を指し示す。明らかに挑発しているとしか思えないその行動に、私はちらりとキュウゾウさんに視線を向けた。
 
「…もしかして、何か考えがあるんでしょうか」
 
キュウゾウさんは状況を注視するように僅か目を細めたのみで何も答えない。ゆっくりと太鼓の音が鳴り始め、次第に速度を上げて行く。執行人が斧を振りかぶる。緊張感に満ちた沈黙の中、私は外套の隙間からそっと弓矢を取り出そうとする。
 
「待て」
 
それを阻む様に、さっとキュウゾウさんの腕が伸びて来る。その視線は未だ処刑場を見詰めたまま。私もすぐに視線を戻すも、カンベエさんに変わった様子は無い。じわりと、弓矢を握る掌に嫌な汗が滲むのが解った。不安に苛まれ、無意識にキュウゾウさんの名前を呼ぶ。今度も何も言ってはくれないだろうと思っていたが、不意に前に差し出されていた腕がゆっくり降ろされたかと思うと、思わず見上げた先のキュウゾウさんは、横目で私を見ながら薄く口角を上げていた。
 
「…心配無い」
 
そう言って、すぐに視線はカンベエさんへと戻される。数拍程の間を空けた後に私も慌てて前方へと向き直ったが、徐々に高まる鼓動が緊張の為なのかはたまた別の為なのかは、自分でも良く解らなくなっていた。そんな事を考えている場合では無いのにと、手に持つ弓矢を抱く様に握りしめる。執行人がまさに斧を振り降ろそうとした、その時。
 
 
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