昨日キュウゾウさんが調べて来た情報によると、現差配のウキョウさんはテッサイさんを始めとする用心棒やカムロ衆を引き連れて今は街を離れ、都へと赴いて居るらしい。就任の挨拶をする為との事で、当初は数日もせずに戻る予定だったが、急遽暫くは都へ滞在する事となったそうだ。どうしてそうなったのかまでは、まだ解らない。少なくとも暫くの間、街でウキョウさんの手の者に襲われる心配が無さそうなのは有り難かった。尤も、呉服屋の一件で私が街に来たという知らせは既に回っている可能性が高い為、油断は出来ない。カンベエさんに関しては、やはり都に捕らわれたままこちらに向かって来ているらしい。護送車などを使って身柄が移されてくるならば警備も然程厳重では無かっただろうから、助け出す事は容易だったろうけれど、その可能性はこれでほぼ無くなったと言える。
 
キュウゾウさんの話しを頭の中で整理しつつ、今後どうしたら良いかを考えながら歩いて居ると、不意にキュウゾウさんが怪訝な色を浮かべながら呟く。
 
「…浪人の数が、多い」
 
その言葉で、私も思考を一時中断して道行く人を注視してみる。すると確かに、刀を携えた人が何人か目についた。私が初めて街中を歩いていた時は刀を持っているだけで周囲からの注目を浴びていたのだが、今は誰もその事を気に留める様子は無い。警邏にあたっているカムロ衆の姿も、殆ど無い様だ。不思議に思った私は、近くの露店に居た人へと声を掛けてみる。
 
「すみません、一つお尋ねしても宜しいですか?」
「ん?何だい?」
「この街では以前、サムライ狩りが行われていたと聞いたのですが…」
「あぁ、都から来た勅使が殺されたってあれだろ?何でも暫く前、ウキョウ様の命令で急に取り止められたらしい」
「え?それは、どうして…」
「さぁな。下手人が捕まったからじゃないのかい?」
「そうですか…ありがとうございます」
 
その人に小さく頭を下げて、私達は再び歩き始める。
 
「どういう事でしょうか…カンベエさんが捕まったのは、つい先日の事なのに…」
 
今聞いた話を頭の中で反芻しながら、私はぽつりと呟く。先日の出来事を、暫く前と言う事はまず無いだろう。それに、カンベエさんが捕まった事、虹雅峡にてその処刑が行われる事は、まだ一般的に広まっては居ない情報だった。もしも下手人が捕まったからサムライ狩りが中止されたのなら、その事が世間に発表されていても可笑しくは無い筈だ。私は何も言わないキュウゾウさんをこっそりを見上げながら、周囲に気付かれないよう声を落として尋ねてみる。
 
「そういえば、サムライ狩りで捕えられた人達は、その後どうなっていたんですか?」
「…地下で、街の明かりを担う仕事をしていた」
「街の明かり…?」
「蓄電筒」
 
あ…、と小さく声を漏らしながら、私は式杜人が作っていた巨大な金属の塊…蓄電筒の事を思い出す。中に大量の電気が溜まっていると思われるそれは、さながら電池のように、機械類を動かす為の動力源として使われているらしい。そしてこの街で使われている電力も、全て蓄電筒で賄われているという訳だ。式杜人が中立の立場を貫く理由として、蓄電筒が争いの火種になりかねない言ったのが良く解った。一体幾つの蓄電筒が必要になるのかは解らないものの、これだけの規模がある街全体の電力を全て電池で賄えるというのは相当凄い事の様に思う。反面、人間の機械化や空飛ぶ巨大戦艦まで作ってしまう技術がありながら、そのエネルギーとなる電力の開発はあまり進んで無いように思え、何故自分がそのように感じるのか、思い当たる理由について考えようとした時の事だった。
 
ふと、前方に見覚えのある人物を見つけ、私は思わずそちらへと歩を進めて行く。
 
「おじいさん!」
「?…おぉ、あの時のお嬢さんか。無事だったようじゃな」
 
思った通り、その人は私がサムライ狩りに巻き込まれた際、牢屋で会ったあのおじいさんだった。向こうも私の事を覚えていてくれたらしく、何処か嬉しそうな笑顔を返してくれる。今までどうしていたのかと問えば、キュウゾウさんが言った通り、街の地下に押し込められる様にして仕事をさせられていたと言う。
 
「それが、どうして今は此処に…?」
「うむ、実は先日、虹雅峡の新しい差配であるウキョウ様が我らを解放して下さったのじゃ。その上、近在の村の警護役という新たな仕事までお与え下さってのう」
「村の、警護役…?」
「お譲さんは知らぬやもしれんが、暫く前、この街で米を報酬に野伏せりを斬ってくれと頼んでいた農民達がおってな」
「え…?あ、その話しなら、知ってます。カンナ村…ですよね」
「そうじゃ、何でも見事村を守りきったとか。その活躍を聞いた御前様はいたく感心なされ、我らにも農民を守るようお命じ下さったのだ。御前様は、この困窮の時代を変えようとしていらっしゃる。実に志の高い御仁だ」
 
程無く連れと思われるもう一人のサムライに呼ばれ、もう一度軽い挨拶を交した後に、おじいさんは去っていった。私は今の話しをどう受け止めたら良いのか解らずに、キュウゾウさんを見る。
 
「あの…その、ウキョウさんという方は、どういう人…なんですか?」
 
蛍屋で会った時の様子と、ウキョウさんを見たキララさんが僅かに怯えていたこと、そして式杜人の洞窟でボウガンを撃たれた時の印象から、正直なところ、私はウキョウさんという人に対してあまり良いイメージが無かった。一目会っただけの私を執拗に探し回っているという話しも、何処か薄気味悪さを感じさせる。けれどおじいさんの話しを聞く限り、そう悪い人のようにも思えない。キュウゾウさんは眉間にわずかな皺を寄せながら、去っていくおじいさん達の背をじっと見詰めている。
 
「ウキョウは、底知れぬ男だ。…油断するな」
 
やがて、キュウゾウさんはそれだけを言うと、何処かへ向かって歩き始める。私は一度だけおじいさん達が去った方を振り返り、キュウゾウさんの後に続く。おぼろげな記憶の中から、ウキョウさんの顔を思い出しながら。
 
 
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