「キュウゾウさん…ど、何処に行くつもりなんですか…?」
 
川から上がり、ある程度道が平坦になって来たところで、漸く私は問い掛けた。それまではひたすらキュウゾウさんに続いて居たのだが、式杜人の里からカンナ村へと向かう道とは明らかに別の方角を目指して迷い無く進んで行くその様子に、とうとう耐えられなくなってしまったのだ。キュウゾウさんは足を止め、僅かに振り返る。
 
「…都へ」
「都?でも、何処にあるのか解らないんじゃ…」
 
最初にキュウゾウさんへ都の場所を尋ねた時、キュウゾウさんは都は動いていると言った。だから今何処にあるかは解らないと言う意味なのだと解釈していたのだが、違ったのだろうか。
 
「以前の場所に、未だ停泊しているやも知れぬ故」
「あ、そっか…一日中移動してたら、それだけ燃料を消費する事になりますもんね」
 
成程、と一瞬頷き掛けるも、ふと先程式杜人から聞いた話しを思い出し、私は再びキュウゾウさんへと視線を戻す。
 
「でも、式杜人さんの話しによると、カンベエさんの処刑は五日後に虹雅峡で行われるとの事でした。その五日というのは、都がその時点で停泊していた場所から虹雅峡へと移動するまでにかかる日数の事なんじゃないでしょうか…?」
 
空気の匂いでも探って居たかのようなキュウゾウさんが、そこで私の方へと顔を向ける。どういう事だと言わんばかりに眉間に寄った僅かな皺を見て、私は慌てて言葉の先を続ける。
 
「な、なので、もしかしたら都はもう移動を始めちゃってるんじゃないかな、って…。仮にカンベエさんだけを別の乗り物で護送するとしても、やっぱり行き違いになってしまう可能性もあるんじゃないかと、思うん、ですけど…」
 
険しい表情でこちらを見詰めるキュウゾウさんの視線から、私はさり気無く目を逸らす。何故だか怒られているような、居た堪れ無さを感じる。奇妙な沈黙が流れた後、ぽつりとキュウゾウさんが呟いた。
 
「ならば、どうする」
「え、えっと…少なくとも五日間は、カンベエさんの身が危険に晒される事は無いと思うんです。処刑される事が決まっている人を、わざわざ殺すとは考え難いですし…だから一先ずは先に虹雅峡へと入って、情報収集にあたるのはどうでしょうか?処刑の場所や時間が解れば、そこにつけ入る隙があるかも知れません」
 
キュウゾウさんは、視線を逸らし遠くを見る。式杜人の話しによると、私はウキョウという人の指示でお尋ね者のようになっているらしい上、差配の警護役として働いて居たことのあるキュウゾウさんを知る人も多いだろうから、街へ入るのは些か危険なようにも思えた。けれどそれ以外に良い方法も浮かばない。キュウゾウさんは暫く黙ったまま何かを考えていたようだったが、やがてこちらへと視線を戻すと、小さく頷きながら「…承知」と呟いた。
 
 
 
やがて私達は一度洞窟から外へと出て、虹雅峡の正面から街中へと足を踏み入れた。流石に堂々とし過ぎではないかとも思ったが、寧ろこの方が怪しまれないのだろうか。幸い、呉服屋に辿り着くまで誰かに呼びとめられるという様な事は無かった。キュウゾウさんの後ろで出来るだけ目立たない様にしながら、店主とのやりとりに耳を傾ける。
 
「これはこれはキュウゾウ殿、お久しゅう御座います。本日はどの様なご用件で?」
「防塵用の外套を一着、見繕って貰いたい」
「どちらの御方様用で御座いますか?」
 
キュウゾウさんが僅かに身をずらした為、店主と目があった私は小さく会釈した。その目が僅かに見開かれた気がしたのは、恐らく気のせいではないだろう。ここにも手配書は回って来ていたらしい。
 
「そちらの娘さんは…」
「差配の命により、これから都へと連れて行く」
「…左様ですか、畏まりまして御座います。少々お待ち下さいませ」
 
そう言って、店主は店の裏へと下がって行った。一時はどうなる事かと思ったが、キュウゾウさんの機転に心の中で感謝する。程無くして戻って来た店主から受け取った外套を羽織った私は、キュウゾウさんと共にその店を後にした。フードを目深に被れば、何とか周囲から顔を隠す事が出来る。ただ、私はお金を持っていなかった為、必然的にキュウゾウさんが代金を支払う事になってしまった。ウキョウさんに引き渡す娘とあってか、所詮は荒野を越える為だけにしか使わないだろうに、この外套はやたらと質の良いもので、その分値段もなかなかだった。
 
「すみません、私のせいで、無駄なお金を使う事になってしまって…」
「構わん」
 
人気の無い道に差し掛かった所でこっそりと謝ってみたものの、キュウゾウさんは気にするなという。とはいえ、それでは私の気が治まらないというもの。野宿をした際にはうっかり私だけ眠り扱けてしまった事もあるのだし。
 
「今度、必ず何かお礼をしますから…!」
 
ぐっと拳を握って断言する私を、キュウゾウさんはちらりと一瞥しただけですぐに前へと向き直ってしまった。本気にしてないのだろうかと、僅かにがっかりとした思いで肩を落とすも、不意に呟く様な声でキュウゾウさんが言う。
 
「受け取っておけ。…詫びだ」
 
え?と反射的にキュウゾウさんの顔を見上げても、そこに何の変化も見られなかった。私は前へと向き直りながら、詫びという言葉の意味を必死に考えてみたものの、思い当たる節は何もない。寧ろお詫びをしなければならないのは私の方だと、悶々としながらひたすらに歩くのみだった。
 
 
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