情報を集めるにしても、拠点となる場所が無ければ動くのは難しい。まさか五日五晩一時も休まず動く訳にも行かないだろう。木賃宿に泊まる事も考えたが、呉服屋での一件もあり、出来るだけそうした場所へ訪れる事は避けたかった。キュウゾウさんの知り合いに匿ってくれるような人は居ないかと尋ねようかとも思ったが、それは口にしないで置く。何となく、返って来るであろう答えが予測出来たから、などとは到底言える筈も無い。結局、私達はマサムネさんの工房を尋ねてみる事にした。私がマサムネさんに状況を説明している間、キュウゾウさんは先に一人で街の情報収集にあたると言って、工房が見える場所まで来た所で何処かへと消えてしまった。残された私は、一人で工房の中へと足を踏み入れる。相変わらずがらくた…もとい、何に使うのか良く解らない機械部品の山に囲まれて、マサムネさんが一人で仕事をしていた。
 
「マサムネさん」
「うん?…おぉ、誰かと思えばあん時の姉ちゃんじゃねーか」
「はい、その節は大変お世話になりました」
 
私の呼びかけに振り向いたマサムネさんは一瞬訝しむ様な表情を浮かべたが、それに気付いて私が慌ててフードを取ると、何処か嬉しそうにも見える朗らかな笑みを浮かべてくれた。私は深々と頭を下げてから、マサムネさんの元へと歩み寄る。その間に辺りを見回し、私以外に誰も居ない事に気付いたマサムネさんが不思議そうな顔を浮かべて言った。
 
「カンベエさん達とは一緒じゃねぇのかい?もしかして、記憶が戻ったか?」
「あ、いえ。そう言う訳では無いんですけど、今は訳あって別々に行動していて…」
 
話せば長くなると言うと、マサムネさんは早々に店仕舞いを済ませ私を奥の居住スペースへ案内すると、座る様にと促しながら熱いお茶を淹れてくれた。湯呑みを手に互いが腰を落ち着けた所で、私はマサムネさんと別れた後の話しを掻い摘んで説明する。カンベエさんが天主への刃傷沙汰により都へと捕らわれ、五日後にこの街で処刑が行われるという所まで話し終える頃には、湯呑みはすっかり空になってしまっていた。
 
「随分とまぁ大変な事になったもんだなぁ」
「あの、それで…不躾なお願いではあるんですが、カンベエさんが此処へ来るまでの間、マサムネさんの所に泊まらせて頂く事が出来たらと…」
 
肝心な頼みごとを私が躊躇う様に口にすると、マサムネさんは笑顔を浮かべて頷いてくれる。
 
「なに水臭い事言ってんだ。こんな荒ら屋で良けりゃ好きに使ってくンな」
「あ、有難う御座います…!」
「カンベエさん達の事は別にしてよ、姉ちゃんの事は特に気になってたんだ。あれからすぐ、街中に姉ちゃんを探してるって張り紙が出ててよ」
「はい…式杜人の人達から聞きました」
「お前さん、ウキョウ様になんかしちまったのか?今までも娘が連れてかれる事ぁ珍しく無かったが、こんな風に探してんのは初めてみたぞ」
 
マサムネさんの言葉に、私はただ困惑するしかない。どうしてそこまでして探されているのか、それを一番聞きたいのは私自身だった。この時にはもう、ウキョウとは恐らく蛍屋で会った青年だという結論に達していた。あの時はキュウゾウさんの方に意識が向いて居た事もあって、はっきりとは覚えていなかったけれど、確か私を連れて行くと言うような事を言っていた気がする。それが何故ここまでの事になっているのかは解らなかったが、ウキョウさんの様子からしても私とはあの時が初対面の筈だったのに。黙り込んでしまった私に気付いたマサムネさんは、気まずそうな声を漏らした後、空気を変えようとするかのように努めて明るい声で言った。
 
「にしても、姉ちゃんも災難だなぁ。ウキョウ様に気に入られ、その一緒に来たって言うサムライには命狙われてるってんだからよぉ。あれだろ、確かマロ様の護衛だった…」
「キュウゾウさんです。…えっと、二刀流で、紅いコートを着た方の」
「そうそう。御前の警護役ってだけあって、ここいらじゃ滅法強いサムライだって噂の男だぜぇ?姉ちゃん、勝てる見込みはあんのかい」
 
冗談混じりに瞳を細めるマサムネさんに、私は湯呑みへと視線を落としながら答える。
 
「勝てるかどうかは、解りません。でも、負けないって、言っちゃいましたから」
「…そうかい」
 
マサムネさんは何処か穏やかにそう言うと、空になった湯呑みを片付けて工房の方へと戻って行く。私はキュウゾウさんが戻って来るまで此処を動かない様にと言われている為、外に出る事は出来ない。けれどこのまま何もしないというのも悪い気がして、マサムネさんの後を追う様に工房へと向かう。
 
「あの、何かお手伝い出来る事はありませんか?」
「そうだなぁ…じゃあそこにあるソイツを持って来てくれるかい?」
「はいっ」
 
そうして、私は言われた物を工房のあちこちから探し出して持って行ったり、部品が動かない様に支えたりと、細々とした作業を手伝いながらキュウゾウさんが帰って来るのを待った。
 
 
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