「…随分と荒っぽいおサムライ様だ。お譲さんが居てくれて助かりましたよ」
 
程無くして地面に降り立った式杜人の一人が、そう言いながら私達の元へと歩み寄って来た。相変わらず頭まですっぽりと防護服に覆われている為に表情が全く見えない上、ガスマスク越しの声も感情の起伏が殆ど感じられなかったが、私はキュウゾウさんの腕に添えていた手を離すと、近付いて来た式杜人に向かって深く頭を下げた。
 
「あの、ヒョーゴさんのお墓を作って下さって、有難う御座いました」
「いやなに、礼には及びませんよ。それより、あの下手人をお探しの様ですね」
「!、カンベエさんは、無意味に人を殺めるような人じゃありません…っ!」
「ほう。ではやはり、あの自白は狂言でしたか」
 
式杜人の言葉に私は慌てて自分の口元に手をやるも、時既に遅かった。ちらりと横目で窺ったキュウゾウさんは厳しい目でこちらを見詰めており、ホノカさんは驚いた様な表情を浮かべていて、私は徐々に肩身が狭くなる。けれど式杜人はさして気にした様子も無い。それどころか、少しばかり肩が揺れている所を見ると、笑ってすらいる様だった。
 
「なに、気にする事ではありません。どうせそのような事だろうと思って居ましたから。あの男は、俺達が都まで自分を連れて行くように仕向けたんですよ」
「え、それを解ってて、如何して…」
「自ら名乗り出て来た犯人をみすみす見逃したとなれば、都からの信頼を失いかねませんからねぇ。それに、あの男が都に乗り込んで何をしようが、俺達には関係ありません」
 
あくまでも中立、それが式杜人の姿勢という訳らしい。複雑な思いから私が次の言葉に迷っていると、それまでは沈黙を貫き通していたキュウゾウさんが、半歩前へと出て言った。
 
「案内しろ」
「…聞いて居た筈です、俺達は敵にもならなければ味方にもなりません」
 
次の瞬間、目にも止まらぬ様な早さでキュウゾウさんが刀を抜く。思わずキュウゾウさんの名を呼んだ私の声にも瞳すら揺らす事無く、その刃先を式杜人の首筋に添えながら先程と変わらぬ声で言う。
 
「都へ案内しろ」
 
式杜人は答えない。身を刺す様な沈黙が辺りを包み込む中、私は躊躇いながらも、そっとキュウゾウさんの腕に手を添えた。
 
「式杜人さんの言う事は、きっと正しいんだと思います…ここで私達が力尽くに事を運んでも、絶対に上手くは行きません。カンベエさんは、ちゃんと考えがあってそのような行動に出たんだと思います。だから私達も、他の方法を探しましょう」
 
キュウゾウさんは暫く黙ったまま私を横目で見詰めていたが、やがて静かに刀を鞘へと収めた。その事にほっと安堵の息を吐いた時、漸く式杜人が再び言葉を発する。
 
「これで、お譲さんには二度も命を救われてしまいましたな」
「え?…あっ…」
 
一度目はホノカさんと私達が話しているのを聞き、天井から降りて来た時。そして今が二度目。命を救うなどと、大した事を考えて行動した訳では無かったものの、結果的にはそうとも言える。その言葉の意味を察した私は、改めて式杜人の方へと向き直り、おずおずと尋ねてみた。
 
「その…もしかしてこれって、取り引きの材料になったりしますか…?」
「おやおや、これはお人が悪い…とはいえ、俺達もアキンド。借りを作ったままという訳にも行きませんからねぇ」
「それじゃあ…!」
「但し、都に案内する事は出来ません。先程言ったのと同じく、明らかに都に対して不穏な企みを持つ輩を連れて行ったとなれば、信用を失いかねない」
 
ぱっと膨らんだ期待は、瞬く間に萎んで行く。明らかにがっかりとした私を見て、今度こそ式杜人は隠す事無く笑い声を洩らした。それに戸惑う私を見て、式杜人は改めて話しを切り出す。
 
「その代わり、良い事を教えてあげましょう。俺達も、先程戻って来た仲間から聞いたばかりのとっておきの情報がありまして。…貴女達が探している男、島田カンベエは、あろう事か天主(アマヌシ)様に刃傷沙汰を働き、今は都に捕らわれ処刑を待つ身だそうですよ」
「そんな、まさか…!」
 
驚きを露わにするホノカさんに対し、私はすぐに事の重大さを理解する事が出来ずにやや首を傾げる。こんな事を聞いても良いのだろうかと思いながら、私は遠慮気味にぽつりと問い掛けてみた。
 
「あの…天主様というのは、そんなに偉い方なんですか…?」
「天主と言えば、先の大戦後にアキンドを中心とした新しい社会体制を築き上げた、言わばこの世の支配者。…お前さん、そんな事も知らないので?」
「えっと…はい…すみません」
 
まさかこんな所で記憶喪失なのだとも言えず、呆れたような声を出す式杜人に対し、私はただ曖昧な返事を返しながら小さく頭を下げた。まぁ良いと、気を取り直す様に式杜人は話しを戻す。
 
「斬首は五日後、虹雅峡にて執り行う事になったらしい」
「五日後…虹雅峡で?」
 
何故すぐに刑を執行しないのだろうと、そのまま鸚鵡返しに聞き返す私に式杜人は一、二度頷いて見せる。その問いはもっともだと言わんばかりに。
 
「なんでも、虹雅峡の新しい差配…ウキョウ殿たっての希望だそうですよ」
「ウキョウ…?」
 
確か虹雅峡の差配はアヤマロという人だったような、と蛍屋でシチロージさんがそんな名前を口にして居た事を思い出す。思わずキュウゾウさんの方を見やると、その眉間には皺が寄っていた。キュウゾウさんにとっても意外だったという事だろうか。
 
「勅使殺害の責を問われたアヤマロ殿が差配の任を解かれた後、御子息であるウキョウ殿がその跡を継がれたと…まぁそういう次第でして」
「なる、ほど…」
 
そうは言っても、そのウキョウさんがどうしてカンベエさんの処刑場所や日取りを決めるのか…自分が統治する場所で騒ぎを起こした下手人でもあるから、という事だろうか。はっきりとしない点も多かったが、とにかくカンベエさんの現状を知る事は出来た。少なくとも今日より五日間はカンベエさんの身が危険に晒される事は無いだろう、そして、五日後にはここ虹雅峡にやって来る。私達が次に起こすべき行動を決める為の大きな指針にはなったと、私は式杜人の人達にもう一度深く頭を下げながらお礼を言った。
 
話しが一段落した所で、ホノカさんが家で休んで行かないかと言ってくれたものの、キュウゾウさんが最早此処には用は無いと言わんばかりに何処かへと向かい歩き出してしまったが為、私は慌ててその申し出を丁重に断り、キュウゾウさんを追い掛けようとした。が、私の背中に式杜人の声が掛る。
 
「そうそう。お嬢さんに一つだけ、忠告をして差し上げましょう。…なに、これはほんのサービスです」
「え?あ、有難う御座います…でも、忠告って…?」
「貴女方が街を離れてから程無くして、ウキョウ殿は各階層に人相書きを配って貴女の事を必死に探していたご様子でした」
「ど、どうして私の事なんか…」
「さぁ、そこまでは知りませんがねぇ。どうやら幾らか懸賞金まで掛けられていたようですので、街に入るつもりなのであれば気を付けた方が良いやも知れませんよ」
「…解りました。あの、本当に、色々とありがとうございます」
 
もう一度軽く頭を下げて、今度こそ私はキュウゾウさんの後を追ってその場を後にする。これからどうするかという事の他に、また新たな問題が出て来てしまったようだ。私を探していたという、ウキョウと言う人物。頭の片隅でこれまでの記憶を辿りながらも、私はまた途中で足を滑らせてしまう事が無い様に、黙って先を行くキュウゾウさんの後を今はただ懸命について行くのだった。
 
 
第十五話、尋ねる!
 
 
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