荒野にある洞窟の入り口から式杜人の里までの道程は、同じ様な道が幾重にも枝分かれしており、私には到底覚え切れるものでは無かった。もしも一人で来ていたならば、間違い無く迷っていただろう。紅の記憶力と、淀みなく進むキュウゾウさんの鋭い勘に、心底感謝した。ただ、ここへ来て一つだけ気になる事が出て来る。カンベエさんは、たった一人でこの道を抜ける事が出来たのだろうか。注意深く辺りを見回しても、目印になるようなものは何も見当たらない上に、あの時こっそりと印を残していたような記憶も無い。もし情報を集める為に街へと向かうだろうという推測が外れていた時は如何したら良いだろうという所まで悩んでいた時。足元の注意が疎かになっていた私は川の水底に一段低くなっている場所がある事に気付かず、一歩を踏み出してしまった。
 
「っ!」
 
がくんとバランスを崩した身体を、咄嗟に支えてくれたのはキュウゾウさんだった。後僅か遅ければ、私は軽く溺れていただろう。顔から血の気が引いて行くのを感じながら、キュウゾウさんの腕にしがみ付いて何とか体勢を元に戻す。
 
「あ、ありがとうございます…」
「…気を付けろ」
 
怒るというより、何処か呆れた様なキュウゾウさんの声に、私は小さく返事をしながらしょんぼりと肩を落とす。それからは一先ず悩むのを後回しとして、洞窟を無事抜ける事に集中した。
 
それから暫くして式杜人の里へ辿り着くと、私は真っ先にホノカさんの姿を探した。程無くして、他の村人達と共に式杜人の食べ物となる樹液の入った壺を運ぶホノカさんの姿を見つけ、駆けよって行く。
 
「ホノカさん…!」
「ナマエ様!?如何したんですか、一体…その方は…」
 
私に気付いたホノカさんは驚いた様な表情を浮かべ、列から外れてこちらへと歩み寄って来る。私の後ろから現れたキュウゾウさんに気付くと、驚きの他に不安の様な色を滲ませた。ホノカさんはキュウゾウさんが私達の味方になってくれた時にもその場に居たが、どの様な人かまでは解らない為に戸惑っているのだろう。
 
『この人は敵です』
 
あの時キララさんがそう言ったのも聞いて居ただろうし、まして今は私とキュウゾウさんの二人だけ。状況が飲み込めないのも無理は無いと、私は困った様に苦笑を浮かべた後、改めてホノカさんへと向き直った。
 
「詳しい事情をお話ししたいんですが、今はあまり時間が無くて…あの、ここにカンベエさんが来て居ませんか?」
「え?えぇ、カンベエ様なら、先日此処に…」
「ほ、本当ですか?良かった…っ!」
 
どうやら街に向かったという推測は間違っていなかったらしく、私はほっと胸を撫で下ろす。ただ、ホノカさんの言い方には少し引っ掛かるものがある。それについて私が尋ねるより先に、後ろからキュウゾウさんの声が飛び込んで来た。
 
「今は何処に」
 
短い問いと鋭い視線に、ホノカさんは一瞬小さく肩を跳ねさせながらキュウゾウさんを見やった後、ちらりと私の方へと視線を移す。それに対して大丈夫だという様に、私は出来るだけ穏やかな笑みを浮かべて見せた。ホノカさんは安堵したように固くなった表情を僅かに緩め、やがてこれまでの経緯を話して聞かせてくれた。
 
私達の予想通り、カンベエさんはカンナ村での結果を伝える為にここへ来たらしい。そしてホノカさんの妹さん達も皆、都に捕らわれているという話しを切り出した時、突然式杜人がその話しに割り込んで来たという。聞けば式杜人の商いの相手には、都も含まれているのだそうだ。そこでカンベエさんは式杜人に都へ案内してくれるよう頼んだが、式杜人はそれを断わった。曰く、
 
『俺達式杜人の精神は、敵にならず味方にならず。関わり浅く何も聞かず…どちらの御方様も商売のお相手。さもなくば、あの蓄電筒が戦の火種となるという訳でして…都はご自分で探してみては如何でしょう』
 
という事らしい。それ程までにあの蓄電筒は強い影響力を持つものなのかと、私は巨大な電池を思わせる金属の塊を見やった。ホノカさんは話しを続ける。
 
「式杜人にとっては、サムライも野伏せりも商いの相手…それを聞いたカンベエさんは、突然式杜人に対して、勅使を斬ったのは自分だと名乗り出たんです」
「勅使って、サムライ狩りの切っ掛けになった、あの…」
 
私の言葉に、ホノカさんは頷く。都から来た勅使が、虹雅峡で何者かに斬られた。それによってサムライ狩りが行われ、刀を持っていた私が捕えられ、カンベエさん達も下の階層へと逃げる事を余儀なくされたのだが…まさか本当にカンベエさんが勅使を斬った筈は無いだろう。まず理由が思い当たらない上、それにより得られるものも無い様に思う。
 
「一体、どうしてそんな事を…」
「カンベエ様は、自分が売り物だと仰っていました。実際、それを聞いた式杜人は、その後すぐにカンベエ様を連れて何処かに…」
 
ホノカさんがその言葉を言い終えるよりも早く、天井からシュルシュルという音が降って来る。私はすぐに式杜人が降りて来る音だと気付いたが、キュウゾウさんが反射的に刀へと手を掛けたのを見て、慌ててそれを止めた。
 
「だ、大丈夫です!式杜人の人達は、何もしません…!」
 
 
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