空が白むよりも早く目覚める事が出来たのは幸いだったと言えよう。薄らと目を開け、傾いていた身を僅かに起こした所で、それまでずっとキュウゾウさんに寄り掛かっていた事を理解した私は慌てて岩から立ち上がり、勢い良く頭を下げる。
 
「ごご、ごめんなさい!私ばっかり眠り扱けてしまって…っ、つ、疲れましたよね、キュウゾウさんも今から休んで下さ…っ」
「構わん。…行くぞ」
 
キュウゾウさんはそれだけを言うと、肩を伸ばす様な素振りも見せずに歩き出してしまう。申し訳無さで押し潰されそうになりながら、紅を背負い直してその後ろをとぼとぼと着いて行く。すると突然、キュウゾウさんが立ち止まった。必然的に私も歩みを止めると、肩越しに振り返ったキュウゾウさんの鋭い視線が向けられる。やっぱり怒っているのだろうと、居た堪れなくなった私は身を縮めながらもう一度小さな声で「ご、ごめんなさい」と呟く。けれどキュウゾウさんの言いたい事はそれでは無かったらしい。
 
「何故後ろを歩く」
「え、だ、だって…」
「傍に居ろ」
 
戸惑いと躊躇いからすぐに従う事は出来なかったものの、睨むという表現が似合う程の視線に負けて、結局私は昨日の様にキュウゾウさんの隣に並んで歩く事になった。それでも半歩ばかり下がってしまう点には、どうやら目を瞑ってくれたらしい。尤も、近くに居る様にと言われただけで、隣でなければならないと言われた訳では無かったが。今一つキュウゾウさんの意図が理解出来ず、けれどそれを尋ねる事も出来ずに、私は時折キュウゾウさんの横顔を盗み見ながら黙って歩き続けて行った。
 
 
 
間も無く式杜人の里へと続く洞窟の入口が見えて来るという所で、漸く私はキュウゾウさんを呼び止める。どうしても一ヶ所、寄っておきたい所があったのだ。キュウゾウさんは僅かに眉を顰めはしたものの、黙ってついて来てくれる。そこは、ヒョーゴさんが亡くなった場所だった。式杜人の人達は、私の頼みをちゃんと聞き届けてくれたらしい。そこには確かに、土饅頭が出来ていた。その前にしゃがみ込んで、手を合わせる。砂と岩ばかりの道を歩いて来た為、花の一本も手向ける事が出来ないのが少しばかり心苦しくはあったが、全てが落ち着いたら、また来ようと思う。キュウゾウさんは私の斜め後ろに立ったまま、静かにそれらを見下ろしていた。だが不意に、キュウゾウさんが呟く様に言う。
 
「ヒョーゴとは、大戦時同じ軍に居た」
 
その声に驚いて、私は僅かに振り返り、キュウゾウさんを見上げる。キュウゾウさんは、ただじっと土饅頭を…その下で眠るヒョーゴさんを見詰めているようだった。
 
「戦が終わり、行き場を無くした俺を、御前の警護に推挙したのもヒョーゴだった」
「…そう、だったんですか…」
 
キュウゾウさんが自ら、それも自分自身の事を語るのは珍しいように思えた。けれど私はそれにどう答えれば良いのか解らずに、複雑な思いで視線を落とす。それきり黙ってしまったキュウゾウさんに、もう一度目を向けた時。紅色をしたキュウゾウさんの瞳と、視線が絡んだ。
 
「悔やんでなどいない」
 
意表を突かれてその場に固まる私を余所に、キュウゾウさんはくるりと向きを変えて歩き始める。それに数拍遅れる様にして、私はもう一度ヒョーゴさんの墓に小さく頭を下げた後、慌ててその背を追った。再びキュウゾウさんの少しばかり斜め後ろに辿り着いた時、思わずその顔を伺って見る。けれどキュウゾウさんの表情には何ら変化は見られない。私はもう一度、先程の言葉を思い起こす。悔やんでなどいない。それは恐らく、ヒョーゴさんを斬った事に対してだろう。けれど何故それをあの時、私に向かって言ったのだろうか。そこでふと、昨夜の話しが甦る。
 
『…ごめん、なさい』
『何故、謝る』
『キュウゾウさんの気持ちも考えずに、私、変な事を言って…』
 
もしかしてあれは、あの時の言葉に対するキュウゾウさんの答えだったのだろうか。それにしては遅過ぎる様な気もしたが、そこは人一倍口数の少ないキュウゾウさんの事。寧ろ、ちゃんと話しを聞いてくれた上で、それを覚えていてくれたという事の方が、私にとっては驚きを覚えるのと同時に嬉しくもあった。私が昨夜の事を気にしていると思ったキュウゾウさんなりの、不器用な気遣いにも思えて。勿論、そんなものは都合の良い想像に過ぎないのだけれど、ほんのりと口元を緩ませながら、私は少しばかり足を早めてキュウゾウさんの隣へと並ぶ。キュウゾウさんは一瞬こちらに視線を向けただけで、何も言う事は無かった。けれど、いつの間にか僅かに寄っていた眉間の皺が消えていた様に思えた。
 
 
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