「ナマエさん、ナマエさん!目を開けて下さい!」
 
誰かが私を呼ぶ声がする。重い瞼を持ち上げると、辛そうな表情を浮かべたキララさんが私を覗き込んでいるのが見えた。
 
「キララ、さん…?」
「!、気がつかれたのですね!良かった…っ」
「ここは…」
 
一体何処だろうと思い、尋ねかけた所で、キララさんの他にもすぐ傍にヘイハチさんの顔がある事や、私を見下ろす様に周りに立っているカンベエさん達、それにリキチさん達の姿が見えて来る。何処か見覚えのあるその光景に、私の頭は急速に活動を取り戻し、慌てて身を起こそうとした。
 
「ご、ゴロベエさんはッ!?紅蜘蛛はどうなって…ッ!」
 
けれど背中に走る激しい痛みと右足に感じた違和感により、それは叶わなかった。「まだ動いてはいけません」というヘイハチさんの声がやけに近く感じたのは、ヘイハチさんが私の身を支えてくれているからだった。私は縋りつく様にヘイハチさんの服を掴む。
 
「ゴロベエさんは、ゴロベエさんは無事だったんですか…ッ!?」
「…案ずるな、某はここに居る」
 
それに答えたのはヘイハチさんではなく、聞き覚えのある優しい声だった。慌ててその声の方へと顔を向けると、そこにはいつもと変わらず、大らかな笑みを湛えたゴロベエさんの姿があった。途端に安堵が押し寄せ、じんわりと涙が浮かんでくる。
 
「良か、った…無事で、良かった…っ」
「お主のお陰だ、礼を言う」
 
涙で言葉に詰まってしまった私は、首を横に振る事でそれに答える。やがてゴロベエさんの横からカンベエさんが一歩前へと進み出ると、私の顔を見て、それから私の足元へと視線を移動させ、口を開いた。
 
「ナマエ…お主、その足はどうした」
 
言われて、気付く。ヘイハチさんに支えられ、僅かに上半身を起こした状態で私も自分の足を見る。先程感じた違和感の正体…それは、紅蜘蛛の銃撃によって右足が負傷した為だった。然し、傷口から僅かに漏れているのは血では無く、傷口から覗いているのは肉では無く、野伏せり達と同じ、無機質な機械とオイル。一気に血の気が引いたかのように、顔が青褪めて行くのが解る。私はカンベエさんの問いに答える事が出来ず、その場に重い沈黙が流れた。
 
「義足、か?」
 
助け船を出す様に、シチロージさんが言う。迷った末、私はその言葉に小さく頷いた。尚もカンベエさんは聞きたい事が在るという様にこちらへと視線を向けていたが、私はその目から逃れる様に、ただ俯いて自分の足を見詰めていた。蛍屋で見た時は左足だけだった機械化は、いつの間にか右足にまで及んでいたらしい。気付かぬ内に、自分の身体が少しずつ自分の物では無くなって行くような、そんな恐ろしささえ感じる。やがてカンベエさんは諦めたかの様に、ふっとその瞳を閉じた。
 
「皆疲れただろう。詰所へと戻り、暫し休むが良い」
 
野伏せりを見事倒したというのに、皆何処か暗い顔をしている。それはこの場に漂う重苦しい空気のせいか、振り続ける冷たい雨のせいか、私には解らなかった。複雑な表情で皆が戻って行く中、突然私の身体が宙に浮き上がる。背中を支えていた腕をそのままに、膝の後ろにもう片方の腕を通して、ヘイハチさんが私を横抱きに持ち上げた為だった。
 
「へ、ヘイハチさん…!?」
「その足では歩く事もままならぬでしょう。家までお連れします」
「これくらい、大丈夫で…ッ」
 
その腕から降りようと力を込めた瞬間、背骨が悲鳴を上げる。ゴロベエさんを突き飛ばした直後、爆発の衝撃を諸に受けてしまった為だろう。あまりの痛みに脱力せざるを得なくなってしまった私を見て、ヘイハチさんが苦笑染みた笑みを零す。
 
「全く、本当に貴女と言う人は…、…随分と無茶な真似をしてくれましたね」
「…すみません…」
「何もかも一人で抱え込まなくても良いんですよ。少しぐらい皆を頼りにしたところで、誰も文句など言いはしないでしょう」
 
ヘイハチさんの言葉を聞きながら、私は何も言わず、心地良い揺れに身を任せる。次第に目蓋が重くなってくる。ヘイハチさんも疲れているのだから私だけが眠ってはいけないと、睡魔を振り払う様に小さく頭を振った事に気付いたのか、ヘイハチさんが穏やかな声音で言う。
 
「それとも、私ではナマエさんのお役には立てないという事でしょうかねぇ」
「そ、そんな事は…」
「ならば今くらい、素直に甘えて居て下さい」
 
思わずヘイハチさんの顔を見上げる。知らぬ間にゴーグルはすっかり定位置の額へと上げられており、いつもと変わらぬ笑顔がそこにあった。不意に、視線に気付いたらしいヘイハチさんがこちらを見やる。その近さに驚いて、私は慌てて顔を落とした。その様子を見たヘイハチさんが、少しばかり笑って居る様に感じる。赤くなる顔を隠す様にぎゅっとヘイハチさんの服にしがみ付いて居る内、いつの間にか私は再び深い眠りへと落ちて行った。
 
 
第十三話、それぞれ!
 
 
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