村にある墓地までやって来た所で、私は壁に手をつきながら大きく肩で息をした。思わず走ってあの場から去ってしまった為、お椀やらお盆は勿論、キュウゾウさんに組み敷かれた際に落ちてしまった外套も、全部置いて来てしまった。けれど今更取りに戻る事も出来ず、私は諦めて項垂れる。自分が言ってしまった事の大きさやら、先程の出来事やらを思い出して、またじわりと涙が出て来る。泣くまいと思えば思う程それは溢れ出してきて、私は必死に目元を擦った。
 
「どうした、泣いて居るのか?」
 
不意に聞こえたその言葉に、私は驚いて顔を上げる。見張りをしていたらしいゴロベエさんが、横穴から顔を出してこちらを見下ろしていた。慌てて顔を落として涙を拭う私の元へ、ゴロベエさんが降りて来る。そしてそのまま、大きな手でぽんぽんと私の頭を撫でた。
 
「我慢せずとも良い。泣きたい時は、思い切り泣け」
「ゴロベエさ…」
 
その言葉を聞いた途端、堪え切れなくなった涙が止まらなくなってしまい、私はその場で子供の様にわんわんと泣いた。キュウゾウさんの行動に驚いた事、刀の傀儡に過ぎないと言われたのが酷く辛かった事、それでも否定出来ない自分が悔しかった事…全てを吐き出してしまうかの様に言葉が口を衝いて出て来たけれど、それは途切れ途切れの単語ばかりで、ゴロベエさんには殆ど伝わって居なかった様に思う。それでもゴロベエさんは泣きじゃくる子供をあやすかのように、「よしよし」と言いながら優しく頭を撫でて居てくれた。
そうして暫くが経った頃には、私はゴロベエさんに促されるまま横穴の縁に腰掛け、渡された手拭いに顔を埋めていた。漸く落ち着いて来たものの、まだ若干呼吸は乱れていた上、何よりも突然の大泣きをしてしまった事が恥かしくて、一向に顔を上げる事が出来なかったのだ。
 
「…気は済んだか?」
 
優しい声音でそう問い掛けるゴロベエさんに、私はおずおずと目元だけを現しながら、小さく「すみません…」と謝った。それを見てゴロベエさんが笑う。
 
「なに、気にする事は無い。それよりお主、目がすっかり赤くなっておるぞ。まるで兎のようだわ」
「え、う、うそ…!」
「嘘では無い。こーら、そうしてまた擦ると余計に酷くなる、諦めていい加減顔を上げんか」
 
再び手拭いに顔を埋めた私に、ゴロベエさんが呆れ交じりの声で言う。渋々それに従いながらも、今の自分はかなり酷い顔をしているのだろうと思うと、自然と顔は俯いて行く。このような状態で他の人に会ったら何と言われるか…それを考えるだけで、気分も益々沈んで行くようだった。ゴロベエさんがやれやれと言う様に小さな溜息を零したかと思うと、突然大きく二度程手を打ち鳴らして言った。
 
「暗ーい!暗いぞぉ!キュウゾウ殿一人の言葉で、何をそんなに落ち込んでおる。それとも何か?キュウゾウ殿の言葉を特別気にする、何か深ぁい訳でもあるのか?」
「え?そ、そんな事、無いですけど…っ」
「ほほう…。ではお主、某と一つ賭けをせぬか?」
「賭け?」
 
あまりに突拍子の無いその言葉に、私は呆気に取られたかのようにゴロベエさんを見詰める。
 
「左様。お主、確か居合いが得意であったな?」
「得意、と言う訳では無いですけど…」
「では抜き身からでも良い。某の額を目掛け、一太刀浴びせてみよ。見事斬り伏せる事が出来ればお主の勝ち、然しその刃、某が受け止めたなら某の勝ちだ」
「え、えぇっ?」
 
とんっと自分の額を指差し、ゴロベエさんの口から飛んでも無い話しが飛び出て来る。言うまでも無く、私は慌てて首を横に振り拒否の意を示す。
 
「そ、そんな事出来ません!もし失敗したら、ゴロベエさんが…ッ!」
「ほう、やる前から某が負けるのは決まっていると?」
「そういう事じゃなくて…っ」
 
挑発的な声で言うゴロベエさんに対し、私は戸惑いを隠せないまま、どう答えれば良いのか解らずただただ慌てる。けれどやがて、ゴロベエさんの肩が小さく揺れたかと思うと、今度は盛大に笑い始めた。その様子に唖然とするも、すぐにゴロベエさんの言っていた事は全て冗談だったのだと理解する。
 
「ご、ゴロベエさん!こんな時に…言って良い冗談と悪い冗談があります!」
「ははっ、すまんすまん。お主があまりにも真剣に受け答えをするものでなぁ」
「もう…本当に不安だったんですよ。本気で言ってるんじゃないかって」
「ん?まぁ…真取り行う事になったとしても、某は構わんのだがな」
 
その言葉に疑問符を浮かべるよりも早く、ゴロベエさんが笑みを浮かべながら言う。
 
「しかし、気晴らしにはなっただろう?」
「あ…」
 
そう言われて、私は先程までの欝々とした気分を忘れてしまっていた事に気付く。すっかりゴロベエさんに乗せられてしまったと、私は困った様な嬉しい様な、不思議な気持ちで笑みを浮かべた。まるで全てを包み込んでくれるかの様に寛大なゴロベエさんの心遣いに、ほっこりと温かい気分にすらなる。「ありがとうございます」と私が礼を言うと、ゴロベエさんは満足気な笑みを浮かべてもう一度私の頭をくしゃりと撫でた。
 
「そういえば、ゴロベエさんは以前大道芸をやっていたそうですけど、まさかさっきみたいな危ない芸をしていた訳では無いですよね…?」
「ん?いやぁ…ははっ、それはまた別の機会に話してやろう。今日はもう遅い上、風も冷たくなってきた。お主は早く帰って、今の内にゆっくり身体を休めておけ」
 
何だかはぐらかされてしまった様な気はしたものの、ゴロベエさんの言う通り、外套を置いて来てしまったせいで首筋などから冷たい空気が入り込んで来るようで、少しばかり肌寒かった。手拭いは後日洗って返すと約束をして、私はもう一度お礼を言いながら小さく頭を下げた後、その場を後にする。まだ何一つ解決出来た訳では無かったけれど、それでもここへ来た時より幾分気持ちが軽くなっているように思うのは、全てゴロベエさんのお蔭だなと、ほんのり笑みさえ浮かぶのだった。
 
 
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