一向に眠る事が出来ず、キララはやがて諦めた様に起き上がった。隣の布団で横になっているナマエは反対側を向いて居る為、その表情を伺う事は出来ない。帰って来た時は泣き腫らした様に目が赤くなっていた上、首筋には刃物によるものと思われる鋭利な傷跡が残っていたので、驚いて訳を聞いてみたのだが、曖昧な言葉と笑みを浮かべるだけで結局は何も教えてはくれなかった。心配せずとも大丈夫だと言っては居たものの、本当は一人で全てを抱え込み、辛い思いをしているのではないか…そう思うと、キララは益々心を痛めるのだった。
 
 
 
気を落ち着かせる為に外へと出て、月明かりの下振り子を垂らす。感じ取った水の気配により、間も無く嵐が来る事を悟ったキララはその事をカンベエとシチロージに告げ、再び水分りの家へと戻ろうとしていた、その途中。見回りの最中だったカツシロウと偶然一緒になった二人は、そのまま共に道を歩いていた。やがて、カツシロウが口を開く。
 
「ヘイハチ殿に言われた、私は斬った相手を見ていないと。まだ、戦場の実感がこの手に無い。まるで熱病にでもかかったかのような、地に足の付かぬ感じだ。いや、それを自覚しただけでも良いのかも知れんが…先生の様にも、キュウゾウ殿の様にも、私には、まだ刀が振れぬ。それが、口惜しい」
 
キララはそれに何と答えれば良いのか解らず、視線をカツシロウから地へと落とす。それに気付かぬまま、カツシロウは言葉を続ける。
 
「…それに比べ、ナマエ殿は…」
 
ナマエという名に、キララはハッとするようにして再び顔を上げた。
 
「彼女は、何故ああも強くいられる…悔しいが、剣技に置いても、今の私より遥かに優れたものを持っている。サムライを志している訳でも無い、ましては女人に、一介の武士として劣るなど…私は、自分が不甲斐無い」
「…ナマエさんは今、カツシロウ様達と同じように、立派なサムライになろうと必死に努力しております…」
「では、私はついにサムライとしても、ナマエ殿に先を越されて行くという事か」
「そんな、事は…」
 
カツシロウの言葉に、キララは戸惑う。カツシロウの目からは自分自身に対する憤りだけでなく、ナマエに対する怒りのようなものすら見て取れた。それは恐らく、嫉妬や対抗意識から来るものなのだろう。自嘲的な笑みを浮かべながら、カツシロウは言う。
 
「満足に刀を振るう事すら出来ない私がサムライと認められ、心技共に優れたナマエ殿がサムライとしては認めて貰えぬ今の状況は、一体、何なのだろうな」
 
それを聞き、キララは完全に言葉を失ってしまう。どうしてカンベエがナマエの事を頑なに認めようとしないのか、その訳はキララにも解らなかったのだから、無理も無い。重苦しい沈黙が流れ、やがてカツシロウは唐突にその歩みを止める。それを疑問に思い、振り向いたキララとの間には、僅かな…けれど確かな距離が横たわって居た。
 
「すまない…ナマエ殿の事を、悪く言うつもりは無かった」
「…いえ」
「私は見回りに戻る。そなたは、早く帰って休め」
 
俯いた顔に影を落としたまま、カツシロウはそう告げると、来た道を戻るようにして歩き出す。ただ、一度だけその歩みを止めて言う。
 
「そなたまでが…そなたまでが、堕ちる事は無い」
 
去って行くカツシロウの背を見送る事も出来ず、キララはただ、複雑な思いで己の足元を見詰めていた。

 
 
第十二話、助ける!
 
 
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