言い終わるより早く、私の視界は急速に反転する。左肩に感じた痛みに続き、背中に叩きつけられるような衝撃が走る。それが跳ね起きたキュウゾウさんによって地に押し倒されたのだと頭で理解するのに、暫しの時間を要した。目の前に広がるのは、高い木々と、私を見下ろすキュウゾウさんと、私の首筋へと伸びる銀色の刃。ぴりっとした痛みにより、皮膚が裂けたのが解った。突然の出来事に私が呆気に取られている間も、紅はしっかりとそれに反応していたらしい。キュウゾウさんの脇腹には、今にもそれを突き立てんとするかのように私の刀が添えられていた。みしりと音を立てたのは、キュウゾウさんに掴まれた私の肩だった。キュウゾウさんの顔は、その、表情は、
 
「きゅうぞう、さ…」
 
笑って、いた。頭の中が白に染まっていく。どうしてこんな事になっているのか、何も解らなかった。無意識の内に溢れ出た涙が、重力に従って横へと落ちて行く。それを目にしたキュウゾウさんの瞳が、ほんの僅か、揺れた様に見えた。それは、涙で私の視界が滲んでしまっただけかも知れなかったけれど。暫くして、口元に薄らとした笑みを浮かべたままに、キュウゾウさんが言う。
 
「…面白い」
 
その言葉の意味すら理解する事が出来ずに、私は呆然とキュウゾウさんを見詰める。けれど一向に、私の身体の緊張が解かれる事は無い。それは確実に、一つの事実を私に突きつけていた。キュウゾウさんは、本気だ。本気で、私に殺意を向けているのだ、と。キュウゾウさんが私の首筋に据えた刃に少しばかり力を込めれば、キュウゾウさんの脇腹へと添えられた紅の刃先もそれに呼応するかの様に、確実にキュウゾウさんの腹を貫かんと迫る。それをちらりと一瞥して、キュウゾウさんは楽しげに目を細めた。
 
「その刀、妖刀か。…お前は、ただの傀儡だったという訳か」
「…っ!」
 
キュウゾウさんは、紅に気付いていた訳では無かった。ならばあの時に言った言葉の意味とは、一体何だったのか。それを考えるよりも先に私の心を貫いたのは、キュウゾウさんの言った傀儡という一言。傀儡…操り人形。あまりにも的確で、核心を突いたその一言は、私がずっと気付かぬ振りをして来た一抹の不安を心の奥底から引き摺り出すかの様だった。キュウゾウさんは私の上から漸くその身を引き、自身の刀を鞘へと収める。そのまま、私を見下ろして言う。
 
「立て。そしてこの戦終わるまで、生きろ。…そいつはいずれ、俺が斬る」
 
それまで固まった様に動かなかった腕が、力尽きた様にぱたりと落ちた。
あぁ、そうか。この人は…キュウゾウさんは、そういう人なのだと理解する。最初に私を見た時は、自分が手を下すまでも無いと思ったのだろう。放って置いた所で、警邏にあたって居るカムロ達に捕えられるだろうと。けれど次に会った時、私はカンベエさん達と共に居た。野伏せりから村を救う為にサムライを集めているという、カンベエさん達と共に。だから、驚いた。僅かな興味すら抱いたのかも知れない。なのに二度目の再開の時、戦う私を見て、違和感を覚えた。ぎこちないその戦い方に、不満を覚えた。だから、睨んだ。その理由が解らずに。兎跳兎との戦いを見ても、その違和感は拭えない。まるで、刀を扱っているというより、刀に扱われている様な危うさ。
 
『…刀に、生かされているだけか』
 
それはあくまでも刀が良かったから、たどたどしい扱いでも何とか形になっていたのかと、恐らくはそう推測した上での言葉だったのだ。けれど、私の話しに認識の差異を感じたキュウゾウさんは、実力行使による確認へと出た。それが、先程の出来事。あれは、本気で殺しにかかった時の、私の反応を見ていたのだ。そして、知った。本当の答えを、私が刀を振るう事が出来る、その訳を。キュウゾウさんが酷く楽しげで、何処か嬉しそうですらあったのは、自分の欲求を満たす為の獲物を見つけたからだろう。紅色の瞳の奥で激しく燃える闘争心を、私はあの時、確かに見詰めていたのだから。
 
 
 
全てを理解した時、私はただ静かに、静かに瞳を閉じた。溢れ出た涙が押し出され、横へと落ちて行く。それは悲しいからなのか、怖かったからなのか、それとも嬉しいのか…私にも良く解らなかった。少なくとも確かなのは、私は今、キュウゾウさんに求められているという事。正しくは私自身では無く、紅の力だけれど…それでも、私ばかりが縋りつく様にして求めてきた世界から、私は今、確かに必要とされている。
 
「わた、し…強く、なります…」
 
ぐっと紅の柄を自分の力で握り直して、私は身体を起こす。左手で目元を拭い、未だそこに立ち続けるキュウゾウさんを、その紅色の瞳を、真っ直ぐに見詰め返す。例え、身体が完全な機械になってしまっても。例え、この先どれほど厳しい戦いが待っていようとも。例え…キュウゾウさんと刃を交える事になろうとも。
 
「絶対に、負けたり、しませんから…っ」
 
キュウゾウさんは、ただ小さく、笑みを浮かべていた。
 
 
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