出来あがった握り飯を持ち、私達が向かった先はカンベエさんと話しをしたあの家だった。聞けばあそこがリキチさんの家で、皆さんが寝泊りをしている場所だという。戸口から中へと入る際、コマチちゃんが声を掛ける。
 
「おごめーん!」
 
それに気付いた皆がこちらへと顔を向ける。家の中にはカンベエさん、ゴロベエさん、シチロージさん、カツシロウさん、キクチヨさんの五人が居て、ヘイハチさんとキュウゾウさんはまだ作業にあたっているらしかった。ゴロベエさんが私達の持つ握り飯を見て「おぉ、これは有り難い」と嬉しそうに言う。奥の方で横になっていたキクチヨさんが飛び起き、真っ先にこちらへと駆け寄ってくる。その際、突き飛ばされたシチロージさんが横向きに倒れ込むのが見えたが、大丈夫だろうか。何処に置けば良いかと問うセツさんに、カンベエさんがすかさず答える。
 
「ご老体、握り飯は一つで良い。残りは村の者で分けるが良い」
 
その言葉に、私達は傍らのキクチヨさんを見る。その手には既に、握り飯が二つ乗っていた。カンベエさんの言葉にギクリと小さく肩を揺らしたキクチヨさんは、渋々とその内の一つを盆に戻す。その様子を見て、私とキララさんは顔を見合わせ小さく笑いあった。コマチちゃんとオカラちゃんが、持っていた盆をカンベエさん達の元へと持って行く。
 
「兵士と言うからには、皆同じだ」
「お嬢ちゃん達もお食べ」
 
ゴロベエさんとシチロージさんの言葉に、二人は嬉しそうにお礼を言って、それぞれ一つずつ握り飯を手に取った。オカラちゃんはすっかりシチロージさんの事が気に入ったらしい。ちらりと向けられたその熱い視線に、シチロージさんは困った様な笑みを浮かべて応えていた。少しの間を置いて、キララさんがコマチちゃんにそっと声を掛ける。それで何かを思い出したかのように、コマチちゃんはここに来る前から背負っていた筒状に丸めた布を手に取り、キクチヨさんの方へと向かう。キクチヨさんに声を掛け、キクチヨさんが屈んだところでその肩へよじ登ったかと思うと、左肩に腰掛けて皆の方へとその布を広げて見せた。
 
「ご覧あれー、です!」
 
縦長の長方形をしたその布には、上の方に白い丸印が六つ、真ん中の辺りにそれより一回り小さめの赤丸が一つ。その下に大きな三角が一つと、ひらがなの「た」という文字が描かれている。じっとそれを見詰める中、カンベエさんが「旗か」と呟いた。キララさんが小さく頷いて見せる。
 
「戦だと、カンベエ様は仰いました。戦なら軍旗は必要でしょう?」
「しかしあれは…?」
 
それは解るが、というようにゴロベエさんが尋ねる。軍旗に描かれている模様の意味を問うているのだ。そこへコマチちゃんが自身満々に答える。
 
「た、は田んぼのた。オラ達ですよ」
「じゃあこの白い丸は?」
「おサムライ様です!」
「六つしかねぇじゃねーか」
 
キクチヨさんの言葉に、コマチちゃんが下の方にある三角形を指差しながらそれがキクチヨさんだと言う。
 
「サムライでもねぇ、農民でもねぇ。どっちでもねーけんど、どっちでもある」
 
オカラちゃんの説明に思わず皆が笑いを零すと、キクチヨさんは「なんでぇ」と噴気孔から煙を吹かせた。けれどそれはどこか嬉しそうにも見える。私は最後に残る一点を見て、傍らのキララさんに問い掛ける。
 
「じゃあ、その赤い丸は…」
「えぇ、ナマエさんです」
「ナマエちゃんは皆の紅一点です!」
 
成程、と皆は納得したかのように頷いているけれど、私は嬉しさよりも申し訳無さでいっぱいになる。一際目立つそれは、今の私には勿体無い程の扱いだった。居たたまれなくなった私は、思わず盆を手にしたまま戸口の方へと向き直る。
 
「わ、私、ヘイハチさんとキュウゾウさんにもこれを届けて来ますね…!」
 
そう言って、足早に家を出てしまった。きっと、カンベエさんは私の思いに気付いていただろうが、何かを言われる事は無かった。歩く速度を落として、私はあの軍旗が掲げられる様子を思い浮かべる。いつかはあの旗印のように、皆と肩を並べられるような日が来るのだろうかと。覚悟を決めたとはいえ、まだ胸には不安がひしめいていた。
 
 
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