着替えを済ませ、こびり付いた血も綺麗に落とし終わった後。カツシロウさんの様子が気になった私は、こっそり同じ方向へと向かった。村の外側にある崖の一角に小さな白い花が咲いている場所があり、カツシロウさんは一人、そこで剣の稽古をしていた。声を掛けるべきか迷ったものの、あまりに一心不乱なその様子に、何も言えなくなってしまう。カンベエさんに言われた言葉を、カツシロウさんもまた、自分なりに考えたのだろう。同じような境遇の身として、話しを聞いてみたいとも思う。けれどカツシロウさんは私と違い、最初から自分の意思でサムライを志してここに居る。成り行きでこうなったような私が、知った様な口を聞くのもあまり良く無い気がした。それに、男女の違いというものもあるだろう。それならばと、私はカツシロウさんが頼まれていた見回りを代わりに行おうと思い、その場を後にする。その分カツシロウさんが稽古に励めれば、少しは支えになれるだろうか、と。
 
 
 
ゴロベエさんの指揮の下、崖の縁では大きな石を使って壁作りが行われていた。それを盾に敵を迎え撃ち、いざとなれば落石としても利用するらしい。ヘイハチさんの下ではあの斬艦刀から取り出した金属を利用して、巨大なボウガンの建設が進んでいた。森に生える巨木を矢として放つ事の出来るそれは、かなりの規模と大きさになりそうである。必要な木材の切り出しはキクチヨさんの担当らしい。キクチヨさんの愛刀であるノコギリ状の大太刀をまるでチェーンソーの様に震わせて、いとも容易く大木を倒していく姿は圧巻だ。その木の一部はシチロージさんの指示により、先端を尖らせ崖の横穴に差し込む事で、傍から見るとまるで巨大ボウガンの攻撃がまだ控えている様に見えるという張り子の矢となっていた。広場で行われている弓の訓練も、キュウゾウさんの指導の賜物か、かなり的にあたるようになって来た。一通りそれらを見回った後、もう一度村の外周を回って来ようかと思った時。後ろからコマチちゃんの声がした。
 
「あ、ナマエちゃん!丁度良い所に居たです、これからおっさま達におにぎりを作るですよ」
「暇なら姉ちゃんも手ぇ貸してくんな」
 
オカラちゃんにそう言われ、私はすぐに承知した。水分りの家に向かうと、お米を炊く良い匂いがして来る。セツさんとキララさんが、先に炊きあがった分のご飯をせっせと握っていた。
 
「私も手伝います」
「ナマエさん…!…ありがとう、ございます。では、こちらをお願いします」
 
キララさんに声をかけると少しだけ驚いた様な表情を浮かべたが、それでも何も言わずに場所を空けてくれた。手を濡らし、熱いくらいのご飯を懸命に握っている横から、時折キララさんの視線を感じる。きっと、先程の事をまだ気にしているのだと思う。けれどそれが解った所で何と言えば良いのか分らず、暫く迷った末に、私は顔を上げてそっと微笑んだ。
 
「私は、もう大丈夫ですよ」
「!、…ごめんなさい。私達のせいで、ナマエさんにまであんな事を…」
「良いんです。ここへ来たのは、私自身の意思でもあるんですから」
 
出来たおにぎりを盆の上に載せ、私は自分の手を見る。洗っても洗っても、まだ血が付いているような錯覚。そんな筈は無いのに。私はぎゅっと手を握り、一呼吸を置く。
 
「この村は、とても良い村ですね。水は綺麗だし、お米は美味しいし…今日一日、色々な所を見せて貰いましたけど、どこも素敵な場所ばかりでした。それに、今は村の人達も一致団結して頑張ってくれてて…私も、何かしなくちゃって、思ったんです」
「ナマエさん…」
 
大丈夫。そう心の中で言い聞かせて、手を開く。そこにあるのはただ、一粒、二粒のお米が付いているだけの手。
 
「…私、カンナ村が好きです。この村の人達も、村の為に頑張ってるカンベエさん達も、勿論、キララさん達の事も。だから、私も何か力になりたい。もしそれが、サムライとしてでしか叶わぬ事なら……私は、サムライになりたいです」
 
言いながら、精一杯の笑顔で笑った。それでもまだキララさんは複雑な表情を浮かべ、何かを言いたげにしていたけれど、その口が言葉を紡ぎ出す前に私は、
 
「さ、早く作って、皆さんの所に持って行きましょう。きっとお腹を空かせて待ってますから」
 
と、握り飯を作る手を再開させる。キララさんは暫く黙ったままその様子を見詰め、ただ一言、「ありがとうございます」と呟いた。
 
 
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