終わる、世界


終わる、世界
終わる、世界


「ばあさん」
「はい、貴方」
 人生を共に歩んできて、もう五十年になる。
 頑固で意地っ張りなわしに付き合わせ、相当な苦労をかけてきた。
「お前は、幸せだったか」
 まさか、人生の終わりをこんな形で終えるとは思ってもみなかった。
 あと数時間経てば、地球が消える。
 そんな報道がニュースで流れたのは、ついさっきのことだ。
「……幸せじゃなかったら、貴方の傍にはいません」
 昔と変わらぬ笑顔が、すぐ傍にある。そりゃあ多少皺が増えたのは否定しないが、それは自分だって同じ。
 むしろ、その皺ひとつひとつが今まで歩んできた人生の証だ。愛しく思えぬはずがない。
 ばあさんは、照れくさそうな表情を浮かべると、こう付け足した。
「そりゃあ、本気で腹が立つこともありましたけど、私は貴方が好きでここまで付いてきたんですもの」
 人生、六十五年。長かったか、と問われたならば、わしはそうでもなかった、と答えるだろう。
 ばあさんが隣にいなかった十五年の方が、よっぽど長かった、と。
 こんなことを伝えるのは気恥ずかしい。
 昔と違い、動きが鈍くなった体を無理やり動かす。多少の痛みを伴うが、構わない。
 どうせ、今日で終わりなのだから。
「貴方、どうしたんです。お茶ですか?」
「こっちに、来てくれ」
 ばあさんは珍しく不可解だ、という表情を浮かべ傍に来る。大抵のことは、言葉を交わさずともわかる仲だ。こんな表情を見るのは何年ぶりだろうか。
 昔のように、無理やり抱きしめる、なんてことはできない。
 そっとばあさんの肩を抱き寄せる。
 こんな風に寄り添うのは、いつぶりだっただろうか。
 結婚して、子供が産まれ……いつからか、コイツなら言わずにもわかってくれるだろう、そう思うようになっていた。
「……珍しいですね」
「最後だからな」
 照れくさそうにばあさんは、頭をわしに預ける。匂いや感触は、記憶のそれとは違っていた。
 それほどに、時は流れた。
「ばあさん」
「はい、貴方」
 空が明るい。とうの昔に成人した息子からもらった電波時計は狂い、88:88という数値を示している。
「わしは、お前と一緒になって正しかったと思うし、幸せだったよ……ありがとう」
 最後は、伝わったかどうか、わからない。
 眩い光と共に、恐ろしいまでの轟音が聴覚を支配する。
 腕に力を込めると同時に、わしらが生きてきた世界は、一片の欠片も残さず消え去った。


written by 土嫁

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