13

 遅かれ早かれ、こんな日が来ると思っていた。人の道理を踏み外した者には、然るべき罰が与えられる。それが世の理だ。自分でも恐ろしい程、冷静な声が出た。
「分かりました」
「軍医殿は理解が早くて助かる」
 屈強な男二人は、私が逃げ出さないよう両脇に控える。総監は苦い顔で、私と刑事達を無言で見送った。廊下の窓から外を眺めれば、空は何もかも吸い込んでしまいそうな青。肩の力が抜け、胸のつかえが消えていく。クルーガーと関係が切れた今、丁度良かったかもしれない。

13.悪い夢

 二人の刑事に車へ乗るよう促され、大人しく従う。警察署までの道中は、快適とは言えなかった。道路交通法範囲ギリギリの速さ。雑な運転を全身に受け、見慣れた景色を惜しむ気も湧かなかった。
 風情の欠片もない無機質な壁。長方形の窓が、一つだけ嵌め込まれている。恐らく隣の部屋から、こちらを観察する時に使う物だ。薄暗い部屋の真ん中には、二台の机と三脚の椅子。灯りは洋燈二つだけ。
「では、取調べを始める」
「私が殺しました」
 出鼻を挫くため、開口一番に言う。刑事は言葉に詰まり、苛立ちを滲ませた息を吐き出す。気を取り直して、取調べが始まった。
「どうやって殺した?」
「明け方頃、患者の病室へ行きました。窒死量分の筋弛緩薬を、注射器で投与しました」
「こうも素直に供述されると、取調べ甲斐ないな……」
「私の犯行が発覚したきっかけを、教えていただけますか」
「……密告だ。あんたが患者に、薬物を投与するのを見た証言があった。軍医総監に薬品の在庫を調べてもらったら、筋弛緩薬が一つ足りなかったと報告があったんだよ」
「そうですか」
 明け方だったから、私が病室に入る気配で目を覚ました患者もいたのだろう。使用した薬剤と注射器の処分も、隠蔽工作はしていない。なるべくして露見したのだ。
「遺族に承諾は取ってないよな」
「勿論取っていません。私の独断専行ですが……患者には、選択肢を提示しました」
「選択肢?どんな?」
「楽になりたいか、生きるかの二択です」
「お前にとって、都合良い逃げ道じゃないか。人の命を何だと思ってるんだ!」
 怒声と共に、バンッと硬い音が響く。刑事の言い放つ言葉に、息が詰まる思いだ。人の命が何よりも尊いのは、重々承知している。助けたくても、叶わなかった命も沢山あった。悔しくても、涙を流す時間もなかった。
 命を奪いたくて、奪った訳じゃない。
「医者として、助けたかった!」
 腑が煮えくり返る。沸々と湧き上がる怒り。何に対して、憤っているのだろう。目の前にいる刑事か。それとも、私自身か。
 私は殺人狂ではない。でも、刑事達から見れば些末なことだ。踏み越えてはいけない境界を、踏み越えてしまった。今更何を言っても無意味なのに。叫ばずには、いられなかった。
「生きて……欲しかった!戦場で嫌という程……生と死に向き合いました。刑事さん。戦争で一番軽い物は、何だと思いますか?」
 刑事は石のような硬い表情で黙ったまま、こちらを睨め付けている。
「命ですよ。私が野戦病院で治療したエルディア兵は、自殺しました。戦争で心が壊れた患者から、殺してくれって……何度も何度も懇願されました。苦しむ患者の姿を見るのは、辛かった……。最新の医療や薬を処方しても、苦しみは取り除けなかった」
 喉奥から絞り出された声は、怒りを内包していた。苦しくて、遣る瀬ない。悔しくて唇を噛み締める。
「つまり一連の犯行は、戦争のせいだと言いたいのか?」
「いいえ。戦争はきっかけに過ぎません」
「……殺人の動機は、患者を苦しみから解放するためだと?」
「私が命の尊さを説くのは、御門違いなのも承知です。結果的に、殺人を犯したのは私……。私は自分の意志で、彼を殺した!」
「自分の行いを、正当化するな!」
「幾らでも罰は受けます!」
「お話は終わりましたか?」
 怒号が飛び交う取調室。似つかわしくない悠長な声が届いた。

 扉を開け、我が物顔で乱入する男。その人物に、私は目を見開いて固まってしまう。
「あ、あなたは……」
「久しぶりですな、ミョウジ軍医殿。元気そうで何よりだ。私のことは……覚えているようだな」
 何故この男が、こんな所にいるのだろう。
 忘れもしない。ユミルの民を摘発するため、ラクア基地の診療所で、クルーガーに詰め寄った治安当局の男だ。慇懃無礼で、威圧的な振る舞い。あの時、突き付けられたライフルの矛先は、明らかに恫喝を孕んでいた。
 恐怖が蘇り、厭な緊張が走る。全身の血液が冷え渡るに連れ、動悸が高まっていく。口腔内は乾き、皮膚に冷汗が浮かぶ。
 刑事は乱入者に、不快感を露わにした。
「まだ我々が取調べ中だ!勝手に入るな!」
「今から彼女の身柄は、治安当局が預かる」
 調書を取っていた刑事が噛み付く。
「待て。話が違うじゃないか!」
「軍医殿は容疑を認めた。これ以上、何を調べるのだ?容疑を認めたら、次は我々に身柄を渡す取り決めだろう」
 私は殺人容疑を認めた。男の言い分は、何も間違っていない。独壇場を邪魔された刑事達は、悔し気に表情を歪ませている。治安特局の男を、忌々しげに見ているだけだ。
「あなた方には感謝してます。私は彼女に顔を知られている。また逃げられたら、困るからな」
 当事者の私を無視して、繰り広げられる言葉の応酬。男達の言い分を掻い摘むと、警察と治安当局は手を組んでいた?どちらも、私を狙っていた?何故。どうして。
「どういう、ことですか……」
 舌の根が乾いて、上手く話せない。すると治安当局の男は、硬直したままの私を覗き込んだ。私は睨み返すことしか出来ない。
「エレン・クルーガーはどこにいる?」
 慇懃無礼な態度は鳴りを潜め、獰猛な獣が顔を覗かせた。喉元に鋭利な刃物を、押し当てられた感覚。首筋に冷や汗が伝う感触。生唾を呑み込む。震えを悟られぬよう、平静を装いながら質問に答えた。
「……仰る意味が分かりません」
「質問を変えよう。エレン・クルーガーはエルディア人だな?」 
「クルーガーさんは、マーレ人だと……あの時、あなた自身が証明したでしょう」
「私の部下がスラバ要塞へ従軍した。エルディア人の集団に、エレン・クルーガーに似た男を見かけたと……報告してくれたのだ」
 コツ。コツ。コツ。
 男は歩調を緩めながら、立ち尽くす私に圧をかけるよう歩く。硬い床にかかとが打つかる音。
 緊迫した空気が、取調室を包む。血気盛んな二人の刑事達も、今や存在感が希薄だ。治安当局の男が醸す、異様な空気に呑まれている。もはや取調室は、男の独壇場と化していた。
「戦争で頭がイカれたかと思ったが……戸籍を調べてみたら、面白いことが分かった」
 突き上げて来る焦燥感。痛いくらい鼓動する心臓。腹の奥まで酸素が回らず息苦しい。咄嗟に呻き声が出ないよう、私は声を押し殺すことしか出来ない。刑事の取調べは生温かった。この男の方が、よっぽど厄介だ。
 男は懐から、紙切れを取り出す。刑事達は机に広げた紙を、怪訝そうに覗き込んだ。
「これは……死亡届か?」
「この欄を見て頂きたい。届出人はミョウジ軍医殿――あなただ」
 ぼんやりした洋燈の灯りが、男の顔を舐める。彼は愉しんでいる。追い詰められた人間の表情を、高みで見物することが好きなのだと直感した。
 こんな男に屈してたまるか。震える身体を叱咤する。
「……私が届けを出しましたから、当然だと思いますが」
「成程。私の部下が戦場で見た男は、どう説明する?まさか他人の空似だと?」
 冗談はよせ、と冷ややかに嗤う。
「世の中には、自分と似た人間が三人いるらしいが……他人の空似で済ませる話か?我々は、マーレ国の治安を守るのが仕事だ。反乱分子の芽は刈り取らねば。そうだろう?」
 男は刑事達に同意を求める。男の双眼には、執念が宿っていた。

 私の身柄は、強引に治安当局へ移された。
「あの時はまんまとやられたが……今度は逃がさない」
 連れて来られた場所は、地下牢だった。既に罪人扱いだ。両手足を鎖で拘束され、無理矢理硬い椅子に座らされる。窓すらない閉塞空間で、この男と二人きり。
「野戦病院では、率先してエルディア兵を治療したと聞いた。大活躍だったそうだな」
「……私がエルディア兵の治療をしたのは、ひとえにマーレ将兵の犠牲を減らすため。一体どんな噂話を耳にしたか知りませんが、決してエルディア人に肩入れした訳じゃないわ」
「物は言いようですな。レベリオ収容区には、何度も足を運んでいたそうだな?門兵達から聞いたぞ」
「巨人科学会からの依頼です。エルディア人の血液サンプルを届けていました。門兵から、お聞きになりませんでしたか?」
「確かに、話の筋は通っている。では、この証言はどう説明する?」
 男は懐から鍵を取り出した。
「これは、軍医殿が作らせた物と同じ代物だ。とある鍵のスペア作成を、鍵屋に依頼したそうじゃないか。鍵屋に調べさせたら、特殊な構造をした代物だそうだ。例えば……軍部や、巨人科学会とか」
 男は私の反応を、粒さに観察している。胃の腑に冷たい何かが流れた。
「何に使うつもりで作らせた?スペアは、今どこにある?」 
 この男は本気で、クルーガーの居場所を突き止めるつもりだ。手段は選ばないだろう。
「軍医殿は口が硬い。手荒な真似はしたくないが、我々も悠長に構えてはいられん」
 これ見よがしに鞭を構えた。バチンと、身体に走る鈍い痛み。口内に鉄錆の味が広がる。
「……う!?」
「痛いのは嫌だろう?クルーガーはどこだ?」
 一瞬の出来事に、理解が追いつかなかった。取調べなんて、生優しいものではない。今から始まるのは、紛うことなき拷問だ。
 エレン・クルーガーを、匿っているだろう?スペアキーは、奴に渡したのだろう?クルーガーは今、どこにいる?マーレ軍人のくせに、国を裏切るのか?何を企んでいる?
 黙っていると、否応なく痛みが襲って来る。男に対する反抗心で、頑なに口を噤んだ。
 はぁ、はぁ、はぁ。硬い鞭を全身に受け、痛みに堪え続ける。鞭で殴られた箇所は青く腫れ上がり、じくじくと血が滲み膿んでいる。地下牢に押し込められ、どれくらい経ったか分からない。一日以上経ったか、はたまた半日足らずか。閉塞空間は、時間感覚をも奪うのだ。
「だから……、知らない。知らないわよ……!」
これだと生温いか」
 思い通りにならず、男は落胆する。机を挟んだ向かい側に座り、私の手首を強引に掴む。
「な、に……何するの、痛――!」
 神経に棘が刺さった痛み。今までと違う痛みに身体が驚く。指先へ視線を向けると、爪の間に針が差し込まれていた。爪と肉の境目から、じんわりと真っ赤な血が滲んでいる。
「拷問で一番大事なことは、何か分かるか?軍医殿」
 指先に集中する、細かい神経を逆撫でするように。じわじわと嬲るように。男は慣れた手付きで細い針先を器用に動かす。爪が根元から少しずつ浮く。小さなペンチで爪を一気に剥がされた。
「ああああっ……!」
「相手を殺さないことだ。身体の一部を切れば、下手すりゃ死んでしまう。爪なら出血多量で死ぬことはない」
「やめ、て……!」
 たった一枚剥がされただけなのに。飛び上がる程の痛みに身悶えてしまう。私は痛みを逃すため、フーッフーッと荒い呼吸を続ける。目の前にいる男は、どうだ綺麗だろうと宣い、剥がした爪を見せ付けた。涙で視界がどろどろだが、じろりと睨め付ける。悪趣味にも程がある。
「マーレ人を相手にするのは初めてだが、私は今まで大勢のエルディア人を拷問した。こうやって……じっくりと、ギリギリの所を責める。爪を剥ぐのは朝飯前だ」
 痛い。痛い。痛い。
 尋問され、答えを拒むと剥がされる。二枚。三枚。四枚――。
 肉が裂ける痛み。脂汗が滲み続けるような苦痛。私が示す反応全てが、男の加虐心を煽っていく。引き千切られる痛みに抗うには、泣き叫ぶことしか出来ない。

 目の前には、剥がされた十枚の爪が並んでいた。
「マーレ軍人のあなたが、内乱幇助ないらんほうじょ罪に問われるのは私も堪えかねる。暴動へ至る前に自白すれば、実刑は免れる」
 甘い誘惑。この男の言う通りだ。私が黙秘しても、クルーガーの正体が判明するのは時間の問題。苦痛から解放されるなら、いっそのこと――。
 目の前にいる男に、真実を吐いてしまおうか。そうだ、吐いてしまえ。楽になれる。
 保身に走ろうとする私自身がそそのかす。クルーガーは、私が育ったマーレを潰すつもりだ。この情報を引き渡せば、仮に私の正体が露見しても罪は多少軽くなるかもしれない。クルーガーと出会ったばかりの頃に、過ぎった考えが再び頭の中を占める。
「軍医殿、どうした?やっと、口を割る気になったか?」
 自暴自棄に陥りながらも、クルーガーと暮らした数ヶ月間が、歯止めをかけるのだ。
「でき、ない……」
 蚊の鳴くような小さな声を絞り出す。
 楽な方へ歩いてしまったら、私は自分のことが一生許せない。
「――何をする!?やめろ!」
 舌を噛み切る寸でのところで、邪魔が入った。口腔内に布を突っ込まれ、阻まれてしまう。声にならない叫び声を上げ、涙塗れの顔で男を見上げる。
「舌を噛んでも死ねないぞ。苦しいだけだ」
 男は捨て台詞を吐き、地下牢を出て行った。猿轡をされた私は、疲労と痛みで限界だった。現実から目を背けるように瞼を閉じる。
 指先は断続的にヒリヒリする。鞭で打たれた箇所は打撲しているかもしれない。
「軍医殿。よく眠れたかな」
「……ぐ、ぅ」
 いきなり両頬を掴まれる。男と視線が合う。男は腫れた私の顔を、隅々まで観察した。頬の隅に、歪んだ笑みを浮かべている。
「綺麗な顔が台無しだ」
 傷だらけにしたのはお前だ。どの口が言う。心の中で悪態を吐く。拘束された両手足は、鎖で擦れた痕が出来ている。爪を剥がされる痛みで、身を捩った摩擦だろう。
「痛みでも口を割らないなら、これを使うしかないな」
「自白剤で吐かせた情報は、信用出来るんですか?」
 もう一人、男がやって来た。洋燈の灯りに反射する、注射器の針。
「鼠が紛れ込んだ可能性を考えれば、我々も悠長に構えておられん。多少信憑性に欠けるが、致し方ない。お前は軍医殿が、暴れないように押さえてろ」
「畏まりました」
 やめて。嫌だ。こんな奴らに、自白してしまうなら死んだ方がマシだ。涙が汗みたいに、ボロボロとひとりでに零れ落ちる。鞭で切った頬に沁みる。身体も心も痛い。口内に突っ込まれた布が邪魔で、舌を噛み切れない。
 形振り構わず暴れるが、両手足の枷が邪魔だ。結局、抵抗虚しく押さえ付けられてしまった。手の甲に針を刺され、自白剤を打ち込まれる。
「知っていることを、全部話してもらおう」
 眩暈がする。視覚も聴覚も触覚も、徐々に蝕まれていく。自分の身体じゃないみたいだ。まるで何かに、乗っ取られた感覚。意識が朦朧としてくる。
 何も見えない。聞こえない。知らない。何も見たくない。聞きたくない。知りたくない。
 全部忘れたい。まっさらになりたい。

  ※

 もし養父に拾われなかったら、私の人生はどうなっていたのだろう?幼い頃の私は幾度も、そんなことばかり考えていた。もしかしたら軍医ではなくて、マーレ軍の一等卒だったかもしれない。
 クルーガーとは、パラディ島で出会っただろうか。
「我々が戦うべき相手は、敵国ではありません。マーレ国です!」
 地下室で、夜な夜な不定期に開かれる秘密の会合。噂で耳にしたことはあったが、行ったことはなかった。
「ミョウジ。是非お前にも来て欲しい。悪い話じゃないはずだ」
 我々亡国の民は、今こそ立ち上がるべきだ。一等卒の男から力説された私は、何気なく足を運んでみたのだ。
「もうこれ以上、私は同じ痛みを抱えた同志を増やしたくありません」
 会合場所は、とある診療所の地下室だった。
 長机が一台。照明器具がいくつか備え付けられた簡素な部屋だ。そこに集まった人数は、ざっと見て三〇人はいるだろうか。この地下室は、さほど広くない。案の定、数人が溢れてしまっていた。
 全員の注目を一身に受けているのは、背が高い人物だ。短く切り揃えられたブロンドの髪。中性的な顔の造りは、一見すると美男で通じるが女性なのだ。確か名前は――イェレナと言ったか。私と同じ聯隊の一員である。
「どうやって、故郷を取り戻すんだ?何か策でもあるのか?」
「今度、第一回の調査船がパラディ島へ向かう。我々は数人ずつ別れて乗船し、頃合いを見計らってマーレから武器を奪います」
 ここに集う彼らは私と同じ。故郷を巨人に潰され、強制的にマーレへ連れて来られた者達だ。
「我々が持つ銃火器や機関車、造船などの技術をパラディ島の人達に教えましょう」
「穢れた悪魔が住む島……」
 マーレに一矢報いたい。
 失った故郷を取り戻したい。
 大事なものは、この世界にはない。私達には、失うものがない。失うものがない人間程、怖いもの知らずだ。悲願が叶うのなら、世界一危険な島に行っても構わない。
「パラディ島を豊かにし、エルディア人を開放します」
 荒唐無稽な計画だが、彼女が言うと実現出来そうな気がしてくる。不思議な魅力がある。とても耳障りが良いのだ。
「イェレナ。私も協力したい。生まれ故郷は滅ぼされた……。この恨みを晴らしたいの。あなたのためなら、何でもするわ」
「勿論です、ナマエ。あなたがそう言ってくれて、嬉しいです。共にマーレを――倒しましょう」
 人間は目的が生まれると、生きる気力が湧く生き物だ。あんなにも、世界が憎くて仕方なかったのに。今では全く違う景色が見えるのだ。
 私達の胸で燻る思い。イェレナは烏合の衆を上手く煽動し、纏め上げていた。でも所詮は、寄せ集めの集団に過ぎない。イェレナのやり方に、反発する者も出てくるのも時間はかからなかった。
 組織が大きくなれば、末端まで統制を敷くことは難しくなるものだ。義勇兵の数は、当初より三倍程度に膨れ上がっていた。
「あなたのおかげで、義勇兵に参加出来たのに。裏切るなんて……残念よ。一緒にマーレを潰したかった」
「ミョウジ、信じてくれ……!俺はお前らを、裏切ってな――」
 地下室に響く銃声と硝煙の匂い。私の足元にゴロンと転がる物言わぬ骸。
「頭を撃ち抜くのが上手くなりましたね」
 冷たく硬い拳銃は、私の掌に馴染んでいる。
「イェレナが教えてくれたから」
「さあ、それを片付けましょう」
 かつての仲間達を、イェレナと一緒に葬ることも多かった。私の両手は、仲間だった者達の血で塗れている。自分達の行いと悲願が、報われる日を夢見て。




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