市長特命3

夜景に背を向けてアタッシュケースに近付いた遊は、そろそろ12時を告げそうな電子盤を苦笑いで一瞥してから勢いよくケースを閉じる。
一度持った事のあるそれはきっと、この女神像の上半身を軽くぶっ飛ばせる位の爆薬がつめられているだろう。
ずっしりと肩にかかる重さのケースを持って、王冠の端にとことこ移動した彼女は、サングラス越しでも眩しい夜景に目を細め、ふわぁ、とあくびを1つこぼした。

「…新しいサングラス、欲しいのあったんだよなぁ」

びゅう、と背中を押す風に抗いながら、遊はぽつりと呟いた。

「ハチさんに頼んでた三葉ちゃんのフィギュア、受け取りにいかねーと…あ、そういや長次さんたちの結婚式にも出なきゃじゃん!!やべー余興とか頼まれちゃったらどうしようwwwいやー人気者は辛いねぇwwwご祝儀の相場っていくらだっけ?まあいいか適当に札束つめとけば足りねぇってこたぁないだろwww」

あれーへそくりどこに隠したっけかー?と、明るく笑っていた遊だが、その声は徐々に力をなくす。彼女を巻き込むように渦を巻いた風が、全ての音を奪っていった。


一方、遊に蹴り落とされた八左ヱ門たちは、落とされる前に執拗にコレコレ、といわれたリュックの紐の存在を思い出していた。下からの風圧で顔から出るもの全部上空に巻き上げられながらも必死にそれを引けば、ドンと体に走る衝撃。

「ぱ…」

「ぱ…」

「ぱ…」

「パラシュートぉうイエス!!」

風を受けて大きく広がった白、青、黄色、緑のパラシュート。落下速度が急速に落ち、ふわふわとエデンシティの夜空を舞い降りる彼らは助かったことに安堵の息を漏らす。4人よりも少し遅れて飛び出した長次もまた、しっかりと澄姫を抱いて赤いパラシュートを広げる。
風に運ばれてどんどん遠くなっていくエデンの女神像。美しくライトアップされたそれが壊れてしまうのか、と物悲しい気持ちになった6人がふと瞳を伏せたその一瞬。
キィィィン、と夜の街に似つかわしくないエンジン音が響き、伏せていた目を見開く。
それからはもう、一瞬の出来事だった。どこからか飛んできた小型の飛行機が女神像の王冠ギリギリを掠め飛び、少し離れた場所にある公園の上空で大爆発。静かな夜に突然響いた爆発音に驚いた住人たちが起きたのだろう、夜景の眩しさが増して、あっという間にサイレン音が轟く。
公園周辺に集まった赤と青のランプにあっけに取られていた5人をよそに、長次はひとり上空に目を向け、目尻を柔らかく細めた。

「……やはり、な…」

星の灯りが煌く夜空に、何ともド派手なパラシュートがふたつ。

「間に合ってよかったな、さすが私だ」

「でも仙ちゃん、公園に破片散らばっちゃったな?」

「だが三葉の像は無事だぞ小平太?」

「そっか!!ならいっか!!」

「よくはないっスwww」

どこで買ったのか小一時間問い詰めたくなるようなキラッキラの金色のパラシュートで優雅に夜の空を舞う仙蔵と、これまたどこで買ったのか予想も出来ないアメコミ柄のパラシュートで落下する遊と、その足にしがみ付いている小平太。大きな声で楽しそうに喋っている彼らのおかげで、依頼は無事達成されたようだ。





−−−−−−−−−−−−−−−−−−
後日、エデン警察から色々聞かれたが依頼主が依頼主なため早々に解放された笑顔商会の面々は、エデンシティのシンボルを守ったヒーローとして市長から直々に感謝状を贈られることとなった。
またFunny Familyは命の危機に晒されて怒り狂った三郎と勘右衛門が血眼になって黒服の所属組織を探し出し、吊るし上げ、1つのギャングを潰した功績を称えられ警察から感謝状を贈られることとなった。
多くの報道陣がひしめき合い、スラム街ミゼラタウンの何でも屋が表彰されるという前代未聞のシーンを撮影する。

「笑顔商会の皆さん、Funny Familyの皆さん、この度は地域貢献、本当にありがとうございます!!」

天使の笑顔で表彰状を差し出す三葉の言葉で、一斉にフラッシュが焚かれた。それをこそばゆい笑顔で受け取った笑顔商会代表の七松小平太は、受け取ったばかりの表彰状を誇らしげに掲げる。
同じくエデン警察署長の綾部喜八郎から表彰状を受け取った食満留三郎は、恥ずかしそうに頬を掻いて仲間が待つ場所へと駆けて行った。
三葉が閉会の挨拶を述べている最中、嬉しそうにはしゃぐ小平太の背後でずっと大人しくしていた八左ヱ門は、同じくお前は喋るなよと仙蔵に言い聞かせられていた遊の肩を突っつき、小声で問い掛けた。

「なあ遊、あの時一体何がどうなったんだよ?」

耳に吹き込まれた“あの時”という言葉で彼が何を気にしているのか即座に察した遊は、ああ、と小さく返事をしてくすくすと笑う。

「いやね、非常階段昇ってるときに小平太さんから電話がありまして。んで面白そうだから私も混ぜろって言ってたから、あーこれはヤベェやつだーって思って命綱かなんか脱出装置を探してたんよ。したら案の定非常階段の隅っこんとこにパラシュートがあって、それ持ってったの」

「おほー、いやまあそこも疑問には思ってたけどよ、俺たちを突き落としたあとのことを聞きてーの」

「突き落としたってそんな人聞き悪いwwwあれは立派な人命救助ですーwwwえっとね、長次さんが一番最後に飛び降りたんだけど、そのあと急いでアタッシュケース持って王冠の端っこで待機してたら、どこでチャーターしてきたんか知らないけど小型の飛行機に乗った仙様と小平太さんが来たから、小平太さんにアタッシュケースぶん投げて、それをキャッチした小平太さんがアタッシュケースを飛行機の座席に置いてシートベルトで固定してから飛び降りてきて、最後に操縦桿を思いっきし上昇に固定した仙様が飛び降りて、んでドッカーン!!」

「まじか」

すっげースリルだったよねーと呑気に笑う遊に頬を引き攣らせて笑う八左ヱ門。
遊の明るい笑い声に惹かれたのか、一台のテレビカメラを担いだ報道陣がそこに近付いてきた。

『笑顔商会の方ですよね?本日はおめでとうございます!!何かコメントいただけますか?』

そう言ってマイクを突き出す女性リポーター。突然のことに慣れていない八左ヱ門が一歩下がってしまったが、適応力がありすぎる遊は傷ひとつない真新しいサングラスをきらりと光らせて、カメラに向かい不敵に笑う。

「あー、皆さんこんにちは。エデンシティの何でも屋でーす。報酬さえ貰えれば仕事内容は問いません。まずはお見積もりを!!」

そう言って遊は何を思ったのかベルトに括りつけてあるガンホルダーから銃を抜き、カメラに突きつけた。驚いたカメラマンが悲鳴をあげて尻餅をついたところに拳銃が迫り、パン、と発砲音。
白昼の大惨事かと女性リポーターが青褪めたが、拳銃から発射されたのは銃弾ではなくライムグリーンの小さな旗とキラキラテープ。

「ビビッた?ビビッた?サーセーンwww」

こばかにしたような態度で銃口から出ている『SMILE』とかかれた旗を引っこ抜いた遊は、呆然としている女性リポーターにそれを渡して、即座に走り出した。つられるようにその場から逃げ出す笑顔商会の小平太、八左ヱ門、仙蔵、最後尾を追う長次に招かれ、Funny Familyの澄姫が走り出す。彼女を追って留三郎、三郎、勘右衛門も走り出し、表彰式の会場はシンと静まり返った。
あまりに品のない彼らの行動に、報道陣とエデン警察陣の額に青筋が浮かび始めるが、ふと耳を擽った可憐な笑い声に、人々はあっけにとられてしまう。

「ふふっ、あははっ、とってもユニークな人たちですねぇ」

「三葉…じゃない、市長、笑い事では…」

「だって咲ちゃん、とっても面白かったよぉ?あのクラッカーどこで売ってるのかな?私も欲しいなぁ」

「三葉っ!!」

「どうして怒るの?私はあの人たち、すごくいいと思うなぁ。好きなお仕事をして、楽しいことを楽しいって笑うのって、実はとっても難しいもん」

そう言って微笑む市長兼アイドルの三葉に、咲は思わず口篭ってしまう。何とも複雑な顔になってしまった咲を見上げた三葉は、隣にやってきた喜八郎に視線を移して、頬を染めた。

「それにね、例えばああいう人たちがちょっと羽目をはずし過ぎちゃったときは、エデンシティが誇る優秀な警察官たちがいるから、大丈夫だもん」

ねっ?と眩しい笑顔でそう言い切った三葉にびっと姿勢を正した喜八郎率いるエデン警察が検挙率を驚異の77%まで引き上げたのは、式から一月後のお話。


某所に存在する大きな街、エデンシティ。
貧富の差が激しいこの街は、今日も笑顔で溢れている。



−SMILE! 完−

[ 13/13 ]

[*prev] [next#]