ミラクルダイナマイト!!

各生徒たちが委員会活動に精を出す放課後。
図書委員会委員長である中在家長次と、生物委員会委員長である平澄姫は各委員会で定めた当番ではなかったため、久し振りに2人で町にでも出かけようかと数日前から約束をしていた…が、もはやお約束と言ってもいいくらいの出来事【生物が勝手にお散歩に出かけちゃった】事案が発生し、キャンセルと相成った…。
澄姫から出かける予定を耳にタコができるほど聞かされていた八左ヱ門が箸を片手に6年教室前の廊下で恋仲と立ち話をしていた彼女を呼びに来たのだが、もうなんと言うか、見ているこっちが気の毒になってくるくらいに、彼の表情は悲壮感溢れていた。
約束がだめになってしまったことは勿論悲しかったが、そんな顔の八左ヱ門を見てしまっては怒るに怒れない。それに、根本の原因を突き詰めれば生物委員会委員長である平澄姫の監督不行き届きなのだから。
それをキッチリ理解している彼女は何度も何度も頭を下げる八左ヱ門をもういいからと制し、隣に立っていた長次を見上げて謝罪した。

「ごめんなさい、長次…私、行かないと」

無意識のうちに抓んでいた深緑の装束の袖から手を離し、眉を下げて微笑む彼女。ぽかりと空いてしまった時間を読書に当てようかと一瞬考えた長次だが、ふと、ある言葉が勝手に彼の口をついで出た。

「………手伝おう…」

人手があったほうが、早く見つかる。小さな声で付け加えた彼は驚きに目を見開いている澄姫の視線からふいと顔を背け、それでもしっかり彼女のきれいな手を掴み、生物委員会が管理している飼育小屋のほうへと足を進めていった。
しかし、誰よりもその光景に驚いたのは竹谷八左ヱ門である。
確かに、他の委員会と比べて生物委員会と図書委員会は虫損修補などで共同作業をすることが多い。だがそれはあくまで大切な書物を長く保管するのが目的であり、害虫(主に紙魚)被害を被る機会が多い図書委員会から生物委員会の手伝いを申し出ることはほぼない。八左ヱ門の友人である不破雷蔵もとても優しい性格をしているが、迷子(虫)探しを手伝うと言ってくれた事は一度もない。
気紛れか、それとも恋仲だからか…いずれにせよ人手が増えたことで捜索が捗ることが純粋に嬉しかった八左ヱ門は、大きな声でよろしくお願いしますと言って自身も逃げ出した生物の捕獲へ向かった。

飼育小屋周辺から程近い藪の中を中心に、生物委員会総出で逃げ出した生物の名前を呼びながら大捜索を開始する。
手伝いを申し出た長次には固体識別までは難しいだろうということで澄姫が補佐に付き縁の下や茂った木の中、藪の奥深くなどの危険地帯を担当。
まだ生物の特徴をおぼろげにしか覚えていない1年生は3年生の伊賀崎孫兵指示の元、彼が目をつけた場所の捜索。
そして主要戦力である八左ヱ門は、澄姫の手が回らない天井裏や木陰や大きな岩の下、木の洞などを探す。
あちこちを駆けずり回って、あるいは這い蹲って何かを探す生物委員会の姿を見た通りがかりの生徒たちは、ああまたかと呆れた顔をして巻き込まれないうちに素通りしていった…のだが、ふと、通りかかった生徒のうちの1人が、その中に混じる珍しい深緑を見て足を止め、自身の目を疑ったのか無言で何度も何度も目を擦っては目の前の現実を凝視する。

「な、え…は…!?」

言葉にならない声を上げ、また目を擦っているはたから見れば不審な紫。日常風景の中の非日常な紫の姿。それを偶然見かけてしまった井桁が1人、興味津々といった顔で駆け寄ってきた。

「滝夜叉丸先輩?こんなところで何してるんですか?」

生物委員会観察ですか?と的外れなことを言って首を傾げる井桁、1年は組の加藤団蔵にぐいぐいと袖を引かれた滝夜叉丸は、ハッと我に返ると、彼の柔らかい頬をがっと掴んで強制的に深緑に向けた。

「だん、団蔵…姉上と一緒にいらっしゃる深緑、どなただ!?」

「あっこれ金吾がいつも七松先輩にやられてるやつだーって、澄姫先輩と?中在家先輩じゃないんですか?」

「お前にもそう見えるのか…」

「そう見えるのかって…そうとしか見えませんよ。確かに珍しいですけどお手伝いですかね?中在家せんぱーい!!」

元気な声で名を呼ばれた長次と、彼に肩車をしてもらっていた澄姫が揃って振り向けば、そこには驚きのあまり固まっている滝夜叉丸と、元気一杯に手を振る団蔵の姿。

「あら団蔵、滝も…長次に何か用事?」

肩車されたまま澄姫が不思議そうに返事をすれば、長次が空気を読んで二人に近付いていく。

「いえ、用ってわけじゃないんです、珍しいなぁと思ったので。生物委員会のお手伝いですか?」

団蔵の無邪気な疑問に長次が無言でこくりと頷けば、彼に担がれている澄姫が井桁と視線を合わせるためにぐっと身を屈めた。

「そうなのよ。長次がね、手伝ってくれるって言ってくれたから甘えちゃった」

うふふ、といつも以上に美しく笑う姉を見た滝夜叉丸が上機嫌ですねぇと言えば、彼女は当然よと返し、2人はまた生物の捜索へと戻っていった。
珍しい光景だが嬉しそうな姉を見た滝夜叉丸は、たまにはこういうこともあるんだなと満足そうに笑って、隣に立つ団蔵を見る。

「ど、どうした?」

しかし、その場でぽかりと口を開けて、ぼうっと肩車の2人を見ている井桁はいつもの無邪気な瞳に達観した光を浮かべ、小さな声で呟いた。

「いいなぁ…ぼく、中在家先輩になりたい…」

「は?」

「だって見ました?中在家先輩、澄姫先輩を肩車してましたよ?」

「そ、そうだな…?」

いいなぁ、いいなぁと繰り返し呟く団蔵に、滝夜叉丸は驚いたものの徐々にほのぼのとした気分になる。彼が所属する委員会の後輩、皆本金吾も、よく委員長の七松小平太に投げ飛ばされては彼に羨望の眼差しを向けて、いいなぁと呟くのだ。
ぼくも早く大きくなりたい。
ぼくもあんなに強くなりたい。
いいなぁ、に籠められた幼い少年の想い…それは彼らと同じ井桁を纏っていたころの滝夜叉丸にも覚えがある願いだった。
だからこそ彼は、いいなぁと呟く団蔵の頭をぽんぽんと撫で、お前もすぐに大きくなれるさと告げた……………のだが、その優しい手をぱちりと止めた団蔵は、そっちじゃないですと真剣な瞳で滝夜叉丸を見る。

「えっ」

「そりゃ強くなりたいってのもありますけど、ぼくは今の中在家先輩になりたいんです」

「えっ」

「だってぼく、おとこのこですから!!」

ふん、と何故か自信満々に言い切った団蔵にぽかんとしつつも、彼の視線を辿れば、そこにはトランジスタグラマー。
時々生意気なところもあるがまだまだ無邪気で可愛い少年だと思っていた1年生から飛び出した信じられない言葉に、滝夜叉丸はその日の夜田村三木ヱ門の部屋に殴りこみ、彼の胸ぐらを掴みながら会計委員会は子供にどういう教育をしているんだと泣き喚いて、彼を困惑させた。



@(2周年企画/うしお様、アイクモナナ様)

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