6年生+αのお花摘み

天才アルバイター、その名も摂津のきり丸。若干十歳の少年は、今日も今日とて(周囲の人間を巻き込み)アルバイトに精を出す。
それにいつしか鍛錬と称して付き合うようになった6年生の潮江文次郎、七松小平太、中在家長次は、昨日頼まれた花摘みのアルバイトの手伝いに出掛けるために正門前に集まっていた。
負けず嫌いの文次郎が誰よりも多く花を摘んでやるぞと拳を握り締めたその時、元気いっぱいの少年が駆けてくる。お待たせしましたと大きく響いた声に3人が笑顔で振り向き、一斉にその顔を驚愕に染めた。
何故なら、彼の後ろに予期せぬ人物がいたから。

「あれっ!?きり丸、澄姫も一緒に行くのか?」

「あ、ハイ。今朝食堂でお会いして、バイトの話したら手伝ってくれるって…」

どんぐりのような目をまん丸にした小平太が目も覚めるような美女を指差しながら言うと、きり丸は嬉しそうにこくりと頷き、ねっ?と澄姫を振り返って笑った。
不躾にも自分を指し示す小平太の指をボキリと変な方向に折り曲げながら、彼女はきり丸に微笑む。そういう訳だからよろしくねとこなれた仕草で首を傾げた澄姫に聞こえないように、文次郎が小声でどうせ長次目当てだろと呟けば、彼女は小平太の指から手を離し、豊かな胸の前で腕を組んで当然よとふんぞり返る。

「中在家長次あるところに平澄姫あり、よ」

「それ流行ってんですか?」

どこぞの変装名人がことあるごとに発するセリフを悪びれもなくパクった澄姫に小さな疑問を投げたきり丸だが、アルバイトの時間が迫っていることを思い出して4人を急かし、目当ての花が咲き誇る野原へと向かう。


−−−が、その野原に辿り着くと、少年の顔から笑顔が消えてしまった。
そんなぁ…と項垂れた彼らの目の前に広がる野原では、どこかの城の兵たちが合戦演習を行っていたのだ。
演習といえど兵たちの手には槍や刀が握られており、万が一鉢合わせてしまった時のトラブルを想像してぶるりと身体を震わせたきり丸は諦めましょうと呟く。
しかし、さすがは6年生。実習や試験で本物の合戦場を駆け回った経験も多い4人はやる気満々。きり丸の静止も聞かず、手分けして花を摘むぞとその場からあっという間に走り去ってしまった。
また面倒なことになっちゃったなぁと頭を抱えたきり丸だったが、それでも4人をしっかりと信頼しているのだろう。まあこうなったら仕方がないと腹を括り、気持ちを切り替えて4人と同じように野原へと駆け出していく。
野原を吹き抜ける爽やかな風に揺れる、大輪の白い花。芳しい香りを肺いっぱいに吸い込んだきり丸は、手元に咲いていた見事な花を丁寧に摘み、背負ったかごにそっと入れる。目の前には、まだまだたくさんの花。
これ全部売ったら結構な額になるぞと考え、少年の口から涎がタラリ。
だが、そんなきり丸を現実に引き戻すように、彼のすぐ背後から気合の入った声が聞こえ、小さな肩がビクリと震える。

「…先輩たち、大丈夫かな…ちょっと見に行こうかな…」

実力は確かなのだが、いかんせん少々世渡り下手な6年生の顔を思い浮かべたきり丸は、そっと呟いて手近な花をいくつか摘み取り、かごを背負って歩き出す。
ざかざかと背丈ほどもある草を掻き分け暫く進むと、聞きなれたギンギンという鳴き声が聞こえたので、きり丸の足が無意識のうちに速くなる。

「あっいた、潮江先輩、大丈夫ですかねぇ?」

小さな手で草を掻き分けて少しだけ開けた場所に出ると、そこに文次郎がいた。彼は気配で既に気付いていたのか、花を摘む手を休めず、むしろ視線すらも向けず、きり丸に大丈夫だと返す。

「花は優しく扱っているぞ」

「いえあの、そういうことではなく…」

ちょっとズレた返事をした文次郎にきり丸が戸惑っていると、そこにがさりと現れたのは合戦練習中の足軽。突然のことに飛び上がってしまったきり丸と目が合った足軽は、驚きに見開かれていた目を鋭く細め、持っていた槍を構える。

「お前たち、ここで何をしている!!」

「わわわわ、あのですね、これは…!!」

警戒心も露の足軽を刺激しないように、きり丸が引き攣った笑顔でそう言った瞬間、背中から薄ら寒い気配を感じ取って嫌な汗が噴き出す。
振り向けば、花を摘んでいた文次郎がゆらりと立ち上がって殺気を放っているではないか。

「我々が何をしてようが、お前には関係ない…!!」

ゴゴゴゴ、と今にもスーパー●イヤ人に変身できそうな気迫で呻く文次郎に、きり丸は穏便にと縋りつく。しかしその小さな体を纏わりつかせたまま、彼は足軽を視線だけで殺しそうな勢いで歯を剥いた。

「花摘みの邪魔をするな!!」

「ヒッ、ヒィィィ!!」

まるで鬼のような形相と怒号を聞いて、足軽は真っ青になり、悲鳴をあげて足を縺れさせながら逃げていく。
それを満足げに見送った文次郎は、穏便に済ませただろ?とドヤ顔で花摘みを再開するが、きり丸の不安は一気に加速。
他の先輩の様子も見てきますと告げた少年は、一目散にその場を駆け出した。
野原を駆け回り、草を掻き分け、額に滲む汗を袖口で拭ったきり丸の視界に突如飛び込んだのは、獅子の鬣のような髪の毛。

「七松先輩!!」

「よう、よくここまで辿り着いたな!!」

もうひとりの問題児、七松小平太を見つけたきり丸は彼に駆け寄り大丈夫かと確認しようとするが、それよりも早く小平太に褒められ首を傾げる。

「え、どういうことスか?」

「さすが忍たまだけのことはある」

普段の行動もさることながら、会話までも手に負えない暴君。しかもただだだっぴろい野原で小平太を見つけただけで『さすが忍たま』と褒められる理由がわからないきり丸がぱちぱち瞬きを繰り返していると、突然すぐ近くから悲鳴が上がった。
驚いたきり丸がなんだろうと小平太を見ると、彼はどこかばつが悪そうに片眉を下げている。

「実はこの周囲は、足軽が来ても私のところへこられないように、ぐるぅりと塹壕を落とし穴代わりに巡らせてあるのだ!!」

なははは、と快活に笑った小平太に、先程褒められた理由をやっと理解したきり丸はがっくりと肩を落とし、穏便にお願いしますねと小さな声で告げ、その場を立ち去った。

「はぁー…おれの知ってる穏便じゃない…」

とぼとぼと歩きながらひとりごちたきり丸は、もういっそ自分も同じように遠慮なく花を摘んだほうがいい気がしてきたなぁと空を見上げて溜息を吐く。精神疲労半端ない少年が項垂れながらざかりと草を掻き分けると、あら、と澄んだ声が聞こえた。

「きり丸、そんなしょぼくれた顔してどうしたの?」

「あ、澄姫先輩…って、うええええ!!?」

澄姫に気付いて先程までの出来事を吐き出そうとしたきり丸の言葉は、途中で仰天の悲鳴にすり替わる。

「な、なんスかその花の量!!?」

震える指で指し示す先は、澄姫の背負っていたかご。そこに溢れんばかり入っている花はかごに収まりきらず彼女の足元に山と詰まれていた。

「うふふ、たくさんでしょう?あのね…」

頬に手を添えて見惚れるほど美しく笑った澄姫が理由を話そうとしたその時、丁度きり丸の正面に位置していた茂みががさりと揺れ、数人の足軽が顔を出す。
また遭遇してしまったと泣きそうになったきり丸だが、文次郎や小平太の時とは違う笑顔の足軽兵におや、と訝しんだ。

「「「お嬢さん、お花を摘んでまいりました!!」」」

「あら、どうもありがとう」

足軽たちはそんなきり丸に構いもせず、腕にたくさん抱えた花を恭しく澄姫に差し出す。それを笑顔で受け取った彼女の笑みにのぼせあがった彼らは、演習そっちのけでまた花を摘みに野原を駆けていく。

「…澄姫先輩…まさか」

「いやだ、私は何もしてないわよ?ただここで花を摘んでいたら向こうが勝手に手伝うって言い出したんだから」

「あ、悪女や…」

「人聞き悪いこと言わないで頂戴。チョロい男が悪いのよ」

それにまさしく穏便でしょう?と付け加えせせら笑った澄姫を見て、きり丸は女の恐ろしさを垣間見る。後ずさるように彼女から逃げ出したきり丸は、同行者の中でも割と常識人の先輩を探して野原を駆けずり回った。

「……と、お三方は何とかかんとか騒ぎを起こさずに花摘みを続けておられるようで…穏便かどうかは微妙ですが」

そしてやっと見つけた中在家長次に飛びつき、今までの経緯と現状を報告したのだ。すると彼は丁寧な手付きで花を摘みながら、小さな声で呟く。

「……私のことなら心配無用…ただ静かに慎ましく…花摘みをするのみ…」

文次郎や小平太と一緒にするな、と締め括った彼に、ああ先輩は澄姫にあんな態度絶対にとられないからなぁと心の中で思い浮かべたきり丸。ですよねと同意を示しかけたその瞬間、長次が突然地面に伏せ、足音がすると鋭く告げた。
反射的に耳を済ませたきり丸も、草を踏みつける足音を聞いて眉を下げる。正直、もうこれ以上のトラブルはごめん被りたい。その思いから逃げましょうと提案したが、長次はふるりと首を振り、その必要はないとまた花を摘みだす。
そこに現れた足軽は、2人を見つけるなり槍を構えて怒鳴りつけてきた。今まで出くわした足軽よりも血の気が多そうな彼に穏便に怪しいものではないと説明し出したきり丸だが、足軽が一歩、また一歩と少年に近付くたび、踏みつけられた花が地面に横たわる。
綺麗な花弁が踏みつけられ、白が泥で汚れていく。

「……フッ…フヘ、フヘヘェ…」

それを見過ごせないのは、優しい中在家長次。踏み躙られた花を見て、彼の口元はどんどんと歪んでいく。
何本目かの花が足軽に踏み潰された時、まるで涙のようにふわりと白い花弁が舞った。

「ヒヒッ…ヒェッヘッヘ、ヒャーッハッハァ!!」

無残に踏み荒らされた花が横たわる野原に響く、長次の不気味な笑い声。それに恐れ戦き悲鳴をあげて逃げ出した足軽をぽかんと眺めていたきり丸は、とうとう諦め、ここが引き際か、と深い溜息を吐いた。


結果的に6年生4人が大量の花を摘んでくれたおかげでいいバイト代になりそうだが、それを町で売るときにまたひと悶着。
花売りのコツとして女装をしたのだが、鍛錬組の…なんというか、想像を絶する姿に恐れをなしたのか、売れ行きはイマイチ。

「きれいなお花、いかがですかぁ!?どなたか買ってくださぁい…あーもう、澄姫先輩も見てないで手伝ってくださいよ!!」

完全にマッチ売りの少女状態のきり丸は半泣き。
半ばヤケクソになりながら、かごの傍にしゃがんで帰り道に長次から贈られた花を髪に飾って上機嫌な澄姫にそう喚けば、彼女はふうと息を吐き出して立ち上がり、さらりと髪を掻きあげる。

「仕方がないわねぇ、もう」

呆れたように呟いた彼女は、鍛錬組と入れ替わるようにかごの前に歩み出て、にっこりと笑う。

「お花、買ってくださいな」

一輪六文ですけど、と可愛らしくウインクをした澄姫が言い添える。花にしては法外な値段に目を剥いたきり丸だが、直後こぞって詰め掛けた男性たちによってあっという間に完売。
想像以上の売上金に涎が止まらなくなった少年は、先程までの気苦労と今手にある銭を頭の中の天秤で量り比べ、またバイトの時は澄姫先輩にも声かけようと心に決め、にんまり笑った。

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アルバイトシリーズ初挑戦!!機会があったら書こうかなーと思っていたので今回チャレンジできてとても楽しかったです!!楽しかったですが、こんなもんでよろしかったですかね?
志乃様、リクエストありがとうございました


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