大晦日

しんしんと雪が降り積もる大晦日の晩。
実家へ帰る生徒たちも多いが、鍛錬のために学園に残ることにした6年生7人は適当に夕食を済ませ(食堂のおばちゃんも年末年始は里帰りしているので)仙蔵と文次郎の部屋に集まり杯を傾けていた。
いつもは鍛錬に出掛ける3人も、今日ばかりは体を休めて新年を祝うらしい。

「何だか色々と騒がしい一年だったな」

くいと熱燗を煽りながら、仙蔵がぽつりと零す。
その“色々”の中に含まれているものを察した6人は、口々に同意した。

「基本的に思い浮かぶのは学園長先生の迷惑な突然の思いつきだけどね」

早くも酒が回ったのか、けらけらと伊作が笑う。彼の隣に腰掛けていた文次郎が頷いた。

「ついぞ前の予算レース、あれが一番堪えた…風魔の学校まで巻き込んでよくやるぜ」

まったくだ、と皆が笑い、去りゆく一年間を思い浮かべる。

「あーあ、もう卒業かあ…」

その中で伊作が感慨深く呟いた言葉に、部屋の雰囲気がしんみりとした。その時、遠くのほうから(恐らく金楽寺)ごぅーん、ごぅーん、と響く鐘の音が聞こえてきた。

「お!!除夜の鐘だ!!」

「丁度いいじゃない小平太、ちょっと煩悩払ってきなさいよ」

何がそんなに嬉しいのか、上機嫌でそう言った小平太に間髪いれず澄姫が鼻で笑いながら顎をしゃくる。

「え?なんで?」

「煩悩が多すぎるから。絡まれるこっちの身にもなりなさいな」

「違いねぇ。澄姫は紅一点だから被害甚大だもんなぁ」

そう笑った留三郎が杯を煽る。
そしてゆっくりした時間を過ごしながら、とうとう除夜の鐘が百八つ目を打ち終わり、仙蔵がごそごそと押入れから新しい一升瓶を取り出した。

「さあ年が明けたぞ」

にやりと笑って瓶を掲げる。それを合図に、明けましておめでとう、という声が部屋に響いた。






−−−−−−−−−−−−−−−−−

「だぁかぁらぁ!!よく聞けって伊作!!俺はなぁ、用具委員会の委員長だからなぁ、釘と漆喰のみで修理を請け負ってるわけだろー?」

「あははは!!そうそう、釘と漆喰は滋養強壮にいいんだよねぇ!!」

「わかってんじゃねーかぁー!!」

ゴロゴロと部屋中に転がる一升瓶。酒の臭いに支配された部屋の中で、留三郎と伊作が意味のわからない会話をしている。
その隣ではけろりとした仙蔵と真っ赤な顔の文次郎が飲み比べ。

「うっぷ…仙蔵こんにゃろー、淡々と飲みやがっちぇー…」

「ははははは!!文次郎の顔が猿みたいだ!!ははははは!!」

しかし仙蔵もしっかり酔っているようで、先程からけらけらと笑い続けている。
部屋の隅では一番に眠ってしまった長次にもりもりの布団が掛けられており、そんな彼の顔に小平太が勝手に漁って見つけた筆で落書きをしていた。

「見ろ澄姫!!長次が起きながら寝てるぞ!!」

「あっははははは!!ちょーじキラキラな目じゃなーい!!かーわーいーいー!!あ、ついでに名前書いといてよ小平太!!澄姫って!!」

「おお、それはいいな!!じゃあ私も書いておこーっと!!」

「ちょっとらんでよ!!ちょーじはあたしのなんらから!!小平太には髪の毛一本もあげらいわよー!!」

ぎゃいぎゃいとそのまま長次は誰のものかで取っ組み合いの喧嘩になった小平太と澄姫。訳がわからないが勝負事には首を突っ込まずに入られない留三郎も乱入し、楽しそうだからと仙蔵も杯をほっぽり出して参戦。

「あはははは!!文次郎顔真っ赤!!あははははは!!」

「も、もうらめ…ぴぴれる、にゃー…」

「あっはははははは!!文次郎がぴぴれるにゃーんだって!!あははははは!!」

その脇で遂に酔いつぶれた文次郎を指差して伊作が大爆笑。
めでたい日だと羽目を外した6年生たちは、明け方にようやく眠りについた。



翌朝、酒の臭いに不快感を感じで目を覚ました長次は驚いてぱちりと一度瞬きをした。
たくさん持ち寄った布団が彼に掛けられているが、そのあちこち、適当に空いたスペースに潜り込んで眠っている6人。
まるで1年生の頃のような光景に懐かしさを覚える。
もう間近に迫った、慣れ親しんだ学園や友人、後輩たちとの別れ…長い時間をかけて築き上げた絆がこの先ずっと切れないことを、無表情のまま新年の朝日に願う。




そして、があがあといびきをかく留三郎に覆いかぶさられるように眠っている澄姫をずるりと引きずり出し、優しく腕に抱き、再び柔らかなまどろみへと沈んでいった。

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