視界は白に染まった。





その日は雨が降っていた。太陽は鉛色の雲に覆われ、本来陽は高く天頂に昇る刻限だというのにまるで夜のような暗さだった。気温は低く、肌に触れる雨粒は差すように痛い。

しかしここはちょっとした山奥。雨を凌げる屋根などはなく、代わりに生い茂る葉があると言えど限度はあった。だが、それでも歩を進める七人隊には秘密兵器があったのだ。


「やっぱ“へーせー”の世ってのは便利だなァ!こんな骨みてェなんで雨風を凌げるンだからなァ」

「ふむ…基本的構造は和傘と同じか…。材料さえ揃えば俺にも作れそうだ」

「煉骨ならそれ以上の物を作っちゃいそうだけど」


例えば某宇宙人が常備してるマシンガンみたいな傘とか…と苦笑いを浮かべるのは唯。唯は現代から持ってきた折り畳み傘を七人隊全員に配ったのだ。…しかし凶骨に意味があるかどうかは敢えて触れないでおく。


「あ、雨上がったみたいだね!」


良かったァと喜びの声を上げる横で蛮骨と蛇骨、煉骨たちは傘を畳もうとはしない。…どうやら傘をお気に召したようだ。


「んん?霧だ」

「おいみんな、離れンなよ。唯、もっと俺のそばに寄れ」

「あ、それなら俺がそばに行くー!」

(あぁ゛!?)

(大兄貴だからってさり気に唯を侍らすなんてことさせねェ…)

「「おい唯!」」


「でね、ここの骨が折れるようになってて…」

「なるほど、割と単純だな」


「「…………」」


どうやら蛮骨と蛇骨の応酬は無駄だったらしい。そんな二人のやり取りは、煉骨に折り畳み傘の畳み方を教える唯によってガン無視されたのだった。


「「…………(チーン)」」


こうしている間にも霧はその濃さを徐々に増していった…。





一方、同じ刻限・同じ場所…違う年代。稀に見る濃霧が七人隊の行く手を邪魔した。


「くっそ、何だよこの霧…!」

「おいみんな、離れンなよ」

「ちょっ…蛮骨の兄貴どこー?」

「言ったそばから!!!…ったく、どこだァ?」

「大兄貴どこ行くンですか!?」

「え、前ってどっち!?」


この状況、動かないのが得策だというのにまるで正反対の行動でものの見事にばらけていった七人隊。声すら全く届かなくなってしまった…。





視界は白に染まった。





聴覚はきちんと働いているのか…。そう錯覚してしまう程に静かだった。リオは思わずその場に立ち竦んだ。


「ぎゃぁぁあ゛あ゛!!!」


突如として響き渡る汚い叫び。…これはどう考えても霧骨の悲鳴だった。リオは反射的にその方向へ走り出す。視界はだんだんと晴れていく。空を覆っていた雲の隙間からは太陽の光が一筋差し込んだ。


「どうした、む…こつ…?」


リオが見たのは…


「あれっ…あなたは…」


リオが見たのは、たんこぶだらけで白目を向いて横たわる霧骨と、そのすぐ横にその原因であろう少女。


(う゛…紫の発光体…)


リオにとんでもない腹痛を引き起こした原因の唯に間違いなかった。思い出し腹痛にお腹を抱えたリオにはこの上ないトラウマだったのだろう。


「おいどうした!?」

「大丈夫か、唯!」


ストップモーションと化していたその場に、蛮骨と蛇骨そしてその他七人隊が続々と集まってきた。その頃には先程の雨が嘘だったように空は晴れ渡っていた。

山の天気は変わりやすい。


「ん、どしたのみんな?」


何も聞くな。

不気味なほど綺麗に笑う唯。その笑顔が恐い。
彼女の手に木刀がしっかり握られているあたり、霧骨が霧に乗じてセクハラをしたのだろう。誰もがそう予測した。

そしてその横で唯とリオは同時に同じ疑問を口にした。


「ねェ…というか…」

「なんであんたら…」

「「唯/リオさんが此処にいること誰も突っ込まないの?/ねーの?」」





「「「「「「「は?」」」」」」」

「「え?」」



この場にいる全員が全員、素っ頓狂な声を上げた。そして少しの間があって、蛮骨は笑いながら口を開いた。


「何言ってんだよ、ずっと一緒に旅してきたろーが」

「唯もリオも疲れてんのかー?」


さ、霧も晴れたし歩くぞー、と蛮骨は何の疑問を抱くことなく、さも当たり前と言うように号令をかけてぞろぞろと歩み出す。あとに残された二人は頭に疑問符を浮かべたのだった。


「えーっと…とりあえず歩こっか」

「あ、あァ…」





太陽が西に傾く頃、七人隊一行は開けた場所に廃寺を見つけた。今日はここで休むぞ。蛮骨の言葉で各々は寺の中の好きな場所を陣取って行った。そんな中、リオは唯の腕を掴んで部屋へ駆け込み、障子をピシャリと閉めた。


「おいおい…どうなってンだ…。“たいむすりっぷ”したわけでも妖怪に化かされたわけでもなく…」

「いいじゃない別に、せっかくまた会えたんだから!
…あ、ポテトチップス食べる?」

「…ぽて……ぽ…?」


天然というか大らかというか。にっこりとした笑顔で大きなリュックからお菓子を取り出した唯。リオはすっかり彼女のペースに乗ってしまった。


「むわっ、うめェ!!!」

「チョコもあるよ」

「え、ウンkバキョッ!!!

「んなわけないでしょ!!!
…全く、こっちの時代の人はいつもいつも…」

「す…すみません」


あ、ついつい…とばつの悪そうな表情をした唯は、まァ食べてみて、とチョコを進める。列記とした食料と説明を受けても半信半疑でチョコを手にし、リオは意を決してそれを口にほおりこんだ。
すると瞳はきらきらと輝き出して、見る見る内に頬は緩む。


「こ…こんな甘い食べ物があったンだな…!!」

「他にもね、ビスケットとかパンとか…あ、カップラーメンもあるよ」


リュックからは食べ物の他に現代科学の粋が飛び出してくる。それらを手に取りながらリオはふと口を開いた。


「…もったいねェな」

「何が?」


リオは不思議そうにして口を開いた唯を上から下まで舐めるように見ていた。
彼女は身体を隠すように身を捻り、そんな彼に向かって頬を膨らます。


「…な、何よ…」

「うん、せっかくこんな貴重で不思議なモン持ってて、暴力さえなければかなりの上玉と来てる」

「なっ!なっ…!」

「なのに…

何その格好“変”だよな」





…………。





なんですってェ!?!?もっぺん言ってみなさいよ!!!


これは現代の制服と言ってこの時代なら裃みたいな正装にあたるのよそりゃ今まで妖怪とかあーだこーだ言われて来たけどこんな正面向かってこんな風に言われたの初めてだわ!!!などとリオの襟首をがくがく揺すりながら顔を真っ赤にさせて叫んだ。


「待て待て!わかっ…わかったから…揺さぶンのやめ…っ!!!」

「あ、ごめん」


てへぺろっ☆


「……。
ま、まァそれが正装ってのはよくわかったよ。だがせっかくこの時代に居るンだから…。
ちょい待ってな」

「?」


郷にいれば郷に従え、という奴か。口端を吊り上げたリオは唯を置いて部屋を出て行った。





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