log (〜2012) | ナノ


ザアザア。大粒の雨が地を激しく打ち付ける。
委員会の仕事を終え、漸く帰路に就けると思いきやこの大雨。ローファーを履いて、正面口から出た私は曇天を見ながら不満を漏らした。



噂のあいつ
  episode3



『帰りたくないなぁ』

私の手には水玉模様の傘。だから最悪濡れることはないけれど、それでもこの土砂降りの中を歩くのはやっぱり嫌だなぁ、なんて。つい溜息。

『「はぁ…」』

……気のせい?いや違う。自分の溜息に混ざって、誰か別の人の溜息まで聞こえた。私と同じ心境の人がいるのかな。興味本位で隣へ視線を向けてみる。
だけど、そこにいたのは私が良く知る人物だった。腰辺りでゆらゆら揺れる三つ編みは今となってはトラウマ以外の何物でもない。

『…っ、蛮骨先輩!?』
「…お?おー、久々だな」
『…そう、ですね』

確かに、先輩と会うのは久々だ。屋上で会話したあの日、別れ際に「またな」だなんて意味深な言葉を吐くもんだから、また近いうち会えるかもって期待したけど、結局会えず季節は夏に。
……あれ、そもそも何で私は先輩と会えることを期待したりしたのだろう。

「あ、おめーいいモン持ってんな」
『…へっ?』

いつの間にか、蛮骨先輩の視線は私の傘へ注がれている。そして視線はゆっくりと私へと移動し、最後は謎の無言。

「……」
『……』

何だ、この沈黙は。無言の圧力か。その傘をよこせと?フン。そんなもの、この私に通じるわけが……、

『カツアゲだけは勘弁してくださいっ!』
「……、おめーは俺にどんなイメージを持ってんだ」




*

雨未だ降り止まぬ中、色鮮やかな水玉模様の傘をさして帰路を辿る。傘の柄を持つのは蛮骨先輩。隣には私。いわゆる相合い傘というものだ。何故か成り行き上こうなってしまった。

「わりー、うっかり傘忘れてきちまってな」
『気にしないでください。私が使う駅もこっちだし』
「…サンキュな」
『…いえ』

笑顔が眩しいです先輩。
たけど私、騙されませんよ。あれはきっと確信犯。あそこで先輩を放って帰ろうものなら、私は今頃息してない。
しかしどうしよう。先輩との距離、これは近過ぎる。相合い傘ってこんなに密着するものなのか。取り敢えず肩がぶつからない程度に距離を保つため傘の端に寄る。なのに、

「おい、肩濡れてんじゃねーか。もっとこっち寄れよ」
『…っ!』

肩に手を回され、ぐいと引き寄せられた。結果、より体が密着するようになり、次第に顔は紅潮していく。真っ赤に染まった顔なんて見られたくない。そう思うが故に、つい顔を背けてしまう。だけど、その行動があらぬ誤解を生んでしまったらしい。

「やっぱり、俺が怖いか?」
『…え』

肩を支えていた手が離れていく。驚いて顔を上げれば、先輩はどこか悲しげな表情を私に向けていて。それを見た瞬間、ぷつり。私の中で何かが切れる。

『違う!怖くなんてない。先輩は本当は優しい人だって、私知ってますから!』

何を、何を言ってるの。どうしてこんなに必死になるの。いよいよ自分が分からない。

「……俺が優しいだなんて、やっぱおめぇ変わってるよ」
『それは、自分が一番よく分かってます』
「でも…、よかったよ」
『…よかった?』
「嫌われてるわけじゃなかったんだな。それが分かって少し安心した」
『…っ』

ドキリ、彼の笑顔に心臓が跳ねた。
また、だ。時折見せる色々な顔に一々魅了されてしまう。蛮骨という人と関わってからというものの、ずっと彼に翻弄されてるような気がした。


「おめぇはこのまま真っ直ぐ駅に向かえ」
『え?』

交差点、歩行者信号が青く発光する中先輩は突如立ち止まる。もうここでいい、そのようなことを言い出すのだ。

『でも、そしたら先輩が濡れちゃう』
「気にすんな。俺の自業自得だ。それに、大事な後輩に家まで送らせるわけにはいかねぇだろ?」
『…先輩』
「この借りはきっと返す。だから…」

またな、と彼は言った。前と同じ、再会を示唆する言葉。本当にまた会えるの?そんな本音は心の奥にしまい込んで、雨の中を駆ける先輩の姿を見つめる。
でもやはり迷いは生まれてしまうんだ。このまま別れてしまっていいのだろうかって。
見れば青信号はチカチカと点滅を始めており、それが私に選択を急がせる。そして、今にも信号が赤に変わろうかという時、

『先輩!』

遂に私は走り出した。水溜まりに足を突っ込んでしまっても気にせず、先輩が止まるまで叫び続ける。そうして漸く追いつけば、目を丸くする先輩の頭上に傘を掲げた。

「おめぇ、何で…」
『大事な先輩に風邪ひかせるわけにはいきませんから』

真っ赤に染まってしまったこの顔では最早照れ隠しもできない。でもだからといって、素直にもなれない。
そんな強がりな私のもとに届いたのは、彼の優しい声と笑顔だった。

「ありがとな」


噂のあいつと急接近
雨の日も悪くない。
そう思えた一日。


(着いたら家に寄ってけよ。濡れただろ?)
(でもお家の人に迷惑じゃ…)
(関係ねぇよ。俺一人暮らしだし)
(……やっぱり私帰ります。今すぐ傘から出てください)
(何でだよ!)


To Be Continued...

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