『死んで下さい』

昼間の大河ドラマを青いソファーに座りながら見ていて流れたワンフレーズ。女が主人公らしき男に刃物をきらめかせて構えている。
新聞で見た限りでは最終回は来週らしい。場面的にももうすぐ番組も終わりだろうと、食べていたスナック菓子に手を伸ばした。
商品名は何だったか。ちらりと見た先。黄色い袋に赤文字のロゴでジャガバタ味のポテトチップスと描かれていた。限定品と銘打ってあったもので、ついつい買ってしまっものだ。気が付けば、たいして味わう事もなく中身は空っぽになっていた。
時計を見ると時刻はすでにニ時も近い。帰路についたのが十時近くだったので、軽く四時間あまりもテレビと向かい合っていたようだ。
再びテレビに目を向けた時には既に次回予告とエンディングが流れ初めていた。時刻的に見て、次の番組は毎週目を通しているどっちで料理ショーのおもしろシーン集がやる予定なのだが、先ほど見たシーンが頭を離れず興味を削がれてしまう。
ソファーの右端に置かれたリモコンを手にテレビの電源を切り立ち上がる。空になったスナック袋を燃えないゴミ箱にほうり込み、床に乱雑に置かれた山吹色の道着を拾うと玄関先へと足早に向かった。


















「死んで下さい」
「…………」

目の前で胡座をかいている人物に向かい、目線を同じ高さにする為にしゃがみ込んで真顔で問う。台詞はやはり昼間の大河ドラマそのものだったが、生憎と凶器の類いは持ち合わせてはいなかった。

「死んで下さい」

聞こえなかったのかともう一度同じ台詞を吐いた。聞こえてはいるようで、セルは深い溜め息を吐いた。

「何のつもりだ」
「別に」
「…………」

目線は外すことなくやはり真顔で言うと呆れた顔をされてしまった。

「何がしたい」
「……そう言われたらどうするかなって」
「どうするって何が」
「死んで下さいって言われたら」
「…………」

変な会話に区切りがつかず、セルはまた溜め息を吐いた。

 ・・
「また何かに影響されたのか」

またっと言われて頭の中に昼間見たドラマの場面や情景が流れてゆく。しかしそれだけだった。たいした感慨も浮かばず見つめ返す。

「なぁ、どうする」
「…………」

呆れているのか返事はなかった。人の話を完璧なまでに無視した一方的な会話なので無理もない。
すると急に腕を引かれてバランスが崩れた。自然とセルの胸元へ倒れこみ、顎を上に向けられる。柔らかな感触を唇に感じた。キスだと気付く頃には唇は離れた後だった。ただ重ねるだけのキスはすぐに終わり、敵対していた頃に比べたら、随分と優しい瞳と目が合った。

「…目は、覚めたか」
「あ…う、ん」

流れるような一連の動作に頭がついていかない。一瞬何が起きたのか分からなかったが、軽く頷くと緩やかに頭を撫でられた。

「おおかたどこぞのテレビ番組にでも影響されたんだろ」

違うか?と聞かれて頷いた。

頭を撫でていた手が外されると、物寂しさを感じて撫でられていた部分を自分で掻いた。

「………変な質問だったか?」
「物凄くな」

やんわりと返されて、気恥ずかし気に笑う。

「そういえば…この時間帯はどっちで料理…なんとかという番組がやるんじゃなかったのか?」
「あ〜〜〜」

言われるだろうと予想していただけにどう返したものかと返事に困る。先週まではこの時間帯はまだ家に居た。今日に限って何時も見ていた番組を無視して来ているものだから不思議に思われても仕方がない。
「えっとなぁーーー…」

しかし直ぐに答えるには些か躊躇われて語尾を濁した。考える仕草を取るが、浮かぶ言葉にどう説明を付けるかなど考えるだけ無駄だった。

「?、どうかしたのか?」

顔を覗きこまれて、この際だと意気込んだ。

「正…直に言うとな」
「うん?」
「くだらないかもしんないけどな」
「うむ」
「い、言うぞ」
「…早くしろ」

まどろっこしいまでに話を遠回しに言われて若干の疲れを感じるが、悟空の瞳は真剣だった。

「オラに死んで下さいって言われたら、お前はどうすっかなって…思ったもんだからさ」
「…………はぁ」
「あ、やっぱ下らないとか思っただろ」
「思わないでか…」

話を聞き終えればなんて事はない。ほら、要はあれだ

「無い様な夢みたいな考えをするんじゃない」


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