未来、過去、現在。近いうちに来るだろう予想とは程遠い発言にずるりと身体が前のめりに傾いた。
「えっ…あ、な」
「暫く肩を貸せ、お前の発言に少し疲れた」
自分の肩に倒れて来た身体をどうしたものかとうろたえていると、そう返され口ごもる。セルの顔を見ると紫色の綺麗な瞳は閉じられていて、すらりとした綺麗すぎる顔立ちに心臓がとくんと音を立てた。
「…………なぁ」
「…………」
疲れた…と言うだけあって、やはり返事は返ってこなかった。分かっている。答えてくれるか期待するのはあまりよくない事だと弁(わきま)えている。でも、考えてしまうんだ。どれだけくだらないと言われようとも、隠し様のない不安が付きまとうのだ。
「オラがさ…もし、もしお前にそんな事言ったら………お前は」
お前は
「…………死んで欲しいのか」
「…え?」
顔を向けると、先程まで閉じられていた瞳と視線がモロにぶつかった。綺麗な紫色の瞳が自分を捕らえている。絡めとられた視線から目を反らすことができず、知らず声が上擦った。ただ視線が絡んでいるだけだというのに、縫い留められたように身動きがとれない。
「…………どう、いう意味?」
最初自分に投げ掛けられてきた質問を、相手にとってまた返す。少し唇が震えているのは気のせいではないだろう。セルの声は平淡だった。
「私に…死んで欲しいのかと聞いている」
「な…違くて」
目を逸らされると何故だか不安感に煽られた。
「死んでくれと言われたらっと…貴様は言ったな?」
「…………」
「なら、私に死んで欲しいからそう問うのか?」
死んでいる相手に、尚も死ねと要求するのか?
言われてビクリと身体が跳ねた。動揺を隠しきれず。瞳が揺らいだ。
「ぁ…っ」
セル
っと名前を呼ぼうとするのだが、声が喉を付いて出ることはなかった。べたつく喉で、訴えたい言葉がなんなのかも分からなくなる。
「どうした」
ふと囁かれた優しい言葉はただただ甘くて、自身のくだらない発言を咎める様な声音ではない。そのことにじわりと涙が浮かぶ。無粋な、発言だった。
自分が甘えたなのは知っている。それでもやはり溢れてくる言葉は謝罪の一言だけだった。
「ごめん………」
「別に謝る必要は無いんじゃないか?」
それでも
「ごめんなさい」
自分だけが生きているという事実が今はとても痛かった。
「………ふむ」
くしゃりと頭を撫でられる。俯き気味の顔を上げると優しく笑まれて狼狽(うろた)えた。
「気にするな、今はお前が会いに来てくれている」
お互いの住む世界が違う。それがなんだと言うのか。生きていながら死者の世界に足を運ぶ悟空に、それだけで充分だとセルは言う。
「う…うん」
微笑まれて、心のどこかが悲鳴を上げた。とてつもなく“好きだ”という感情が溢れてくる。熱い、情欲じみた何かが腹の底から沸き起こるのを悟空は感じた。
「あ…のさ、セル」
「ん?」
戸惑いがちに目線をあわせるが、何分普段言わない言葉を言おうとしているだけに躊躇いがちになってしまう。
「し、しよ…」
「塩?」
「ち、違っ」
かあっと、悟空の顔が赤く染まった。表現のしように困ってしまい、終いには何も言えなくなる。黙るだけしかできなくなった悟空にセルは柔らかく笑った。
「セ…セル?」
笑われている事に不思議がり、控え目に相手の名を呼んだ。気付く間もなく腕を引かれて、そのまま軽いキスが唇に触れた。
「んふっむ」
さほど深くもないキスなのに、視界がぼんやりと霞んで見えた。
「っは………セル」
まどろんだ瞳でセルを見上げる。端正な顔立ちがゆるりと笑う姿はなんとも艶ややかな印象をうけた。
「…冗談だ、だからそんな顔をするな」
「そんな顔って」
どんな顔だ
聞く前に唇を指先でなぞられて、後の言葉を飲み込んでしまう。珍しく自分からお誘いの言葉を言ったはずなのに、してやられた感が否めないのは何故なのか。全てがセルの企みのような気さえして、知らず頬が膨らんだ。
「ずるい…」
「何が?」
「全部」
「ほぉ?」
言い合いをしながら二人の体は床へと沈む。セルの四肢に縫い留められる形で組み敷かれ、悟空は尚も頬を膨らませた。
「ずるいよ…」
「どこら辺が?」
「ずるい、ここらへんが」
悟空の視線の先を追うと、既に腰帯に手を掛けているセルの手があった。はっきりいって素早すぎる。
「…どこらへんが?」
「だ…」
だから
意味を理解しているのかいないのか。突如腰帯がスルリと外された。
「っちょ、セル」
「誘ったのはお前だろ?」
「そぉ、だけど、ってか聞こえてたんならわざとらしく言い間違えすんなよな!」
恥ずかしさを誤魔化すべく怒鳴ってみたが、軽く笑われただけだった。額にキスを一つされ、あやされているような感覚に陥った。気にくわなくて、強引にセルの首に両の腕を絡ませた。
「や、優しくだぞ」
「優しくなかった経験は無いはずだが?」
苦笑して、長く深いディープキスをされる。行為に及ぶ前に悟空はセルに耳打ちした。
「セル」
「うん?」
「また、来てもいいか?」
「そんなの…」
当たり前だろう
腰帯から手を外し、その手で悟空の髪の毛をさらりと撫ぜる。
死者の世界に生者が足を運ぶとはなんとも笑えなかったが、それでもセルには来るなとは言えなかった。
どれほどくだらない発言をされたとしても、セルには悟空が大事だったからだ。だから、なんの意味があって悟空が今日あんなにもくだらない発言をしてきたのかセルにはよく判っていた。
死んでください。そう言われたらどうするかなんて答えは生憎と持ち合わせがないので答えようがなかったが。悟空は、答えを求めていたわけではなかった。
そうだ。どちらからと言えば言って欲しかった部類だろう。セルが“死んでくれ”と言えば生に執着のない悟空である。あっけなく命を経つことなど目に見えていた。
死に執着を覚える。普通ならどうかしていると笑い飛ばすだろうが悟空の場合はそうはいかなかった。だからこそ、悟空の望みが判っていながらセルは誤魔化すように話を流したのだ。
「セル…セル」
しがみつかれてため息を吐きたくなる。言葉の端々に感じる死への執着が、セルには哀れでならなかった。
それでも嫌うことができず、結局は甘やかしてしまう自分にも原因があるのだと、セルはなんとはなしに気がついていた。
end
修正…2012/6/7