「そこの貴方」 薄っすらと響く高く凛とした声。 知らぬはずの声だというのにすぐにその"声"が自分のものだと、理解した。 これは、夢なのだ。 「私のことでしょうか巫女殿」 踏みしめられできた道を歩いており、目の前には夢の中の自分が声をかけた人が足を止めていた。 「そう、貴方です」 はっきりと断言する自分。 目の前の人物は異質な姿であり、男性なのだが髪は長くしかも白銀。 細められた目はどこか面白そうにしているがとてつもなく飢えているようにも見える。飢えていることにさえ愉しんでいるかのようにも見えた。 紫の紅をした口は歪んだ微笑で、隙間から這いずるように下唇を舐める舌は異様に紅く見えた。 夢の中の自分は目の前の存在に対して恐怖も不安も感じてはいなかった。 それは、目の前の存在が何なのかを理解していたから。 巫女様は識っている、彼が だという事を―― 「貴方は第六天魔王が消えた今、何故留まる必要があるのですか?」 自分は彼の存在を識っている。けれど、見ている自分に"言葉"としては届かない。 これは夢でしかないのだから。 現実であってはならないから。 目の前の存在は喉元で笑い、顔半分を手で覆いさらに笑った。 笑い終えたその存在は瞳をこちらへとゆっくり向けた。口元は未だ笑っている。 「驚きましたね・・・見えているのですか?」 「見えている、といったら嘘になるかもしれません。けれども、貴方の存在は感知できます」 これでも巫女ですから、と苦笑をする。 「面白い方だ、たとえ巫女であっても私の存在を感じることが出来る事等今まで出来なかったというのに・・・」 なぜなら"私"という存在はこの世界では"存在していない"ということになっているのですから。 ―――貴女は本当に巫女でしょうか? 「そうでしょうね。第六天魔王が消えた今、貴方の存在を現にすることの出来るほどの者はいないのですから」 自分はこの夢の自分である巫女の感情を感じ取る。 それは"悟る"と言えば良いのか、すべての物事に関して爽やかに晴れやかに、感じている。 どんな酷い事、哀しいことでもその感情は揺れ動くことなくただ一定に感情がゆるやかに、波打っている。 逆の意味をとればそれは"慈悲の無い微笑む存在"なのだ。 微笑むだけで手はさし伸ばさない。 ただ、真実と現実を見せるだけの存在。 「―――貴女はできるんじゃありません?」 「御戯れを。私が貴方の存在を認知できるのは異なる存在のおかげです」 さぁ、そろそろ気づく頃ですよ? 貴女は、私ではないのですから――― 目蓋を開けると見慣れた天井が覗いていた。 頭上でピピピと電子音が未だ眠い私を無情に起こし続ける。それを手で掴み、眼前へともって行き時刻を確認。 まだ日のでない時間帯に起きなければならない事に疲れため息を一つ。 「・・・だる」 前髪を掻き揚げてベッドから降りる。 親は由緒正しい神社の神主と巫女であり私はなんでもその巫女の修行のために毎朝早くから修行とかやるのだ。 今の時代、そんなことやるのは馬鹿げている。 けれど、やらなければならなかった。やりたくないのだが、止めようとすれば止められるのだが、やめることは出来なかった。 まるで、誰かを待っているかのような感覚、とでもいえば良いのか。 私は、待っている。 私でありながら 私ではないあなたの存在を 生まれる前から。 貴女が"夢"ではない、と 認識するまで・・・ 私である貴女が目醒めるまで 貴女を演じ続けましょう―――― 『生まれる前にくるまれる』 (閉じた幕の中での出来事) [*前] | [次#] |