兇手の黒鶴(ペンギン)




本当は、こうして部屋に閉じ込めたりしたくはない。

けれどもそれは仕方ない事なんだ。外に出れば悪い虫に惑わされてしまう。汚れた臭いが清潔を想像させる石鹸の匂いをダメにしてしまう。純白でなければならない彼女が、薄汚れて魅力のないただの生物になってしまう。

それは。
それは、とてつもなく恐ろしい事なんだ。

純粋無垢、疑問も負の感情も何をも内側にも外側にも見せない純白の鳥。俺だけの鳥。この鳥は誰にも渡さない。たとえ―――船長でも。見せるのと少しばかり会話させること以外は、触ることも汚れさせることもさせない。

船長もそれを承知してくれた。
彼は仲間にはとても優しいから、俺はそれを知っているから。船長ほど素晴らしく尊敬できる人はいない。

けれどもそれとは別。
彼女は俺だけの、俺のみの為の女神なんだ。




「――つかさ」
「ペンギン!」

部屋に入れば前の島でお土産にと買ってきてやった青の花柄刺繍の施されているワンピースを、違和感のひとつもなく着こなす可愛らしい彼女は俺の顔をみて穏やかな表情から円満の笑みへと変わる。世界がとても輝いて見えるその笑みにつられて微笑みを見せて、近づいてくる彼女の白い腕を壊さないように、優しくひく。

クリーム色の柔らかい髪がふわりと揺れて、そこから花の匂い。腕の中に抱きしめて首筋に顔を沈めれば、落ち着いた石鹸の匂い。海の上だというのに潮の匂いは彼女からは感じられない。彼女だけが花畑の真ん中にいた。

「ふふ、くすぐったいよペンギン」
「ああ、すまないな」

少しばかりの離れた時間でも、まるで数年あっていなかった恋仲のように抱擁しつかさの心音を肌で感じ取って開放してやる。開放されたつかさは幼子のように楽しそうに笑顔をつくりながら元のいた場所に戻って座った。

彼女の座った位置には折り紙が広がり、明るい色と暗い色で区別されていた。そして形作られた暗い色の折り紙は鶴となって床に寝転がっている。

「今日も折り紙をおっていたのか?」
「そう!鶴を作るのはとっても楽しいの。ペンギンもつくる?」
「俺は、いい。つかさの作ってるのを見ているさ」
「なら、ひとつあげる!一番綺麗に折れた鶴なの!」

はい。と手渡された黒い鶴。折り目も何もかもが綺麗に折れていて羽の広がり方も背中の膨らみ方も丁寧にバランスよくされていて完璧だった。他の鶴は少しばかりウラ面が見えてしまったり首の部分が少し曲がってしまったりとしたものが多かったがこれだけは本当に完璧だった。

まるでつかさのように。


茶色の折り紙で鶴をまた折り始めるつかさ。器用なその細い手の動きがびくりとはねて止まった。そして折ろうとしていた指が、手のひらに力が入りクシャリと紙を潰してしまった。

「・・・つかさ?」


「・・・・・ぁ、あぁ・・・」

いつものつかさでない様子。震える手、大きく開かれた目は涙が滲んでいる。口からは言葉にならない詰まる悲鳴が漏れて、何かを全力で耐えているようだった。

俺はすぐさま、机の引き出しから薬を取り出す。丸い錠剤を三つ、カプセルの薬を一つ手に転がしてつかさをこちらに向かせた。


瞳孔の開いた瞳は焦点があっていない。汗が滲み、不安定な発音は時たま俺の名前や、否定の言葉。腕をおらないように、壊さないように、怖さないように。薬を口内に含み、彼女へと口渡しで捧げる。


甘い味に気が狂ってしまいそうだ。

「っ・・・、ペン、」
「――大丈夫だ」

症状による恐怖からか、掴む腕はとても冷たい。
すべての薬を飲ませて俺はつかさを抱きしめて、背中をゆっくりと優しく叩く。

耳元で何度も大丈夫、ダイジョウブと囁いた。




大丈夫。
大丈夫。
怖くないよ。
苦しくないよ。

つかさは、ずっと笑っていてくれ。

俺だけのために、笑っていればいい。




ずっと。






『兇手の黒鶴』
(一度狂ったらもう気づけない)
(一度壊れたらもうなおらない)



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