枯れた水、喰われた魚



※病み佐疫





「要らないんだよ。要らない要らない要らない・・・」

強く強くこの身を閉じ込めるように隠すように強く抱きしめる佐疫。彼はこんなにも泣いてる。悲しんでいる。私もそんな彼を見ると悲しくなっていく。

私は腕をあげる。
視界に映った手首にはたくさんの縛られた痕。
私が、逃げようと抵抗しようとすれば逃げられないように強く縛りつけられた。
視界に映った腕には彼の”物”だと主張する『疫』と浮かぶ焼き印の痕。
何処に行ってしまっても連れていかれてしまっても私が”誰の物”かわかるように、と焼かれた。しばらく痛くて、じりじりと痛くて泣いた。

そんな腕で彼を抱きしめる。
軍帽の脱いでいる薄茶の髪はサラサラとしている。要らない。要らない。そう嗚咽を溢す彼は指先で髪を優しく撫でていることに気付いているんだろうか。

「僕だけいればいい。僕だけ、僕だけ、僕だけ・・・だって、だって、こんなに、愛してるのに。愛してるのに・・・」
「・・・」

うん。そう発音できればいいのに。ああ、どうしてこの喉仏は地獄の鬼である彼のように再生しないんだろう。再生できたらこんなにも不安で不安で子供のように震えている彼へと子守唄を歌ってあげられるのに。
他の者に聴かせたくないから、と喉仏は潰されてしまった。私の音は彼の心の中でずっと囁き続けている。どうか、その囁きが、今の彼を少しでも慰めていてくれればいいのだけれど。


「君も僕だけ愛してくれてるのに、互いにこんなにも愛し合ってるのに・・・いやだよ。いやだ。いやだいやだいやだいやだ・・・つかさ、いやだよ」
「・・・、」

私も嫌だよ。佐疫と離れるのは嫌だよ、怖いよ、不安だよ。彼のように力を込めて抱きしめる。このまま溶けてひとつになってしまえたらいい。融合してしまえば切り離すことなんてきっと、誰にもできないことなのに。

どうして、切り離すの?

どうして、赦してくれないの?


私達、
こんなに愛し合ってるし思いも通じ合ってる。

佐疫の為なら何日も飲まず食わずで頑張ったし、痛い事されても悪く思わなかった。佐疫の笑みだけをみて、佐疫の言葉だけ聞いて、佐疫の身にだけ触れて、佐疫の物にだけ触れて見て、私は佐疫の”物”になったのに。

あんなに、連れてこられて不安だった気持ちも恐怖も何もかもまるでそれらが嘘だったように消えて綺麗に消えてなくなったのに。ただ、彼の”愛”を受け入れてすべてが幸せになったのに。


なんで。



こわいよ。








「見つけたぞ、佐疫」




みたくない。
佐疫以外、見たくない。

私はぎゅっと目を閉じる。彼と同じように、怯え彼にしがみつく。
音が聞こえてる。けど、耳を塞げない。いや。いやだよ。


「佐疫、彼女を現世に返すんだ。この生者は生きてるんだ」
「斬島の言う通りだ佐疫。さあ、この者を待つ家族の元に返してあげるんだ」
「要らない。要らない要らない要らない。僕とつかさの二人だけでいい。つかさだって、俺がいないと生きていけないし俺も、僕もつかさがいないと生きていけない。ずっと、ここにいて、僕だけみて、僕だけの世界で、死んでも、魂になっても、ずっと、ずっとずっと・・・」
「それが生者の願いだったのか?本当にそれが、望んでいた事だったのか?こんなに、やつれて、体中傷だらけで、言葉を奪い、思考を狭め、表情も、ない。こうなることが彼女の望みだったのか。親友、元に戻ってくれ。お前の為にも、彼女の為にも、この生者は返すのが一番いい」
「いやだよ、嫌だ嫌だいやだいやだ。つかさは、僕の物なんだよ。全部僕のものだ。返さない。つかさは僕と一緒にいるんだ。つかさだって望んでる。望んでるからここにいるんだ。そうだ。そうだよね、そうだよね?ほら、そうだよって笑ってつかさ」
「・・・」

”笑って”

私は笑う。彼の幸せは私の幸せだから。やさしさを瞳に込めて、慈しみをあふれるばかりに見せて、笑む。泣いている佐疫が嬉しそうに泣いて微笑む。とても幸せな顔で。私も幸せ。

あいしてる。
あいしてる。
愛してる。
あいしてる。


「――――あ、の・・・その、肋角さん、持ってきました・・・」
「抹本か・・・すまないな、今見ている事は忘れてくれ」
「は、はい・・・」

カツカツと足音が近づいてくる。

笑ってと言われて笑うために、幸せな彼の顔を見るために目を開けてしまった私。目の前に、大きな褐色肌の赤い目の人と、海みたいな深い青い目の人、それと蛍光緑の奇妙な目の色をした人がいた。

赤い目の人が近づいてきて、しゃがみこむ。
佐疫が更に身を縮ませる。ここにはもう逃げる場所がないから。

「・・・こうなるまで気付かなくて申し訳ない」
「・・・」

わからない。
どうして謝るのか。

「・・・完全にこちらの責任だ。その身に受けた傷も元に戻そう」
「肋角さん、やだよ、嫌だよ、つかさ、とらないで・・・っ」
「現世で家族が待っている」

注射器がある。中に何か青い液体が入ってる。わからない。佐疫。ねえ、佐疫。わからないよ。佐疫。たすけて。

青い目の人が佐疫を私から引き剥がして抑えている。腕を伸ばされ、私より先に注射をされる。佐疫が何度も私の名前をよんでる。行かないと。手を彼に伸ばせば赤い目の人に掴まれた。

「肋角さん、肋角さん・・・、やめて、やめてっ!」
「すべて忘れ、生を全うしてくれ」
「いやだ・・・いやだあ!」


プスリ。針が刺さって液体が注がれる。
泣き叫んでる佐疫にそれでも伸ばそうとする手は段々と重くなって、意識も朦朧となって静かに瞼を閉じた。








なんだか、久しぶりに穏やかな眠りについた気がした。






- 8 -


[*前] | [次#]