誘惑フレグランス
甘い匂い。胸がつかえる様な、それでも少し舐めとって味を確かめたい様な…
こいつといると薫ってきて、正直な話、今も匂っている。一見、爽やかな風貌や、レースになると激変する鬼と呼ばれる異名には似ても似つかない妙に甘い匂いだ。
どうしても気になる。俺はわざわざ練習をずらしてまで、部室で俺とあいつー…新開と二人になれるのを待っていた。
他のメンバーが一人、二人、と帰っていき、とうとう俺と新開の二人だけになる。
俺はようやく疑問に思っている事をぶつける事が出来た。
「お前最近ヘンじゃね?」
「ヘン?」
自分のロッカーを開けて帰り支度をしている新開が俺の方を振り向く。
俺は近くにある長椅子に座っているから、自然と新開を見上げる形だ。
ようやく訊けた俺の疑問に新開は首をかしげている。
俺はこの謎の一番重要な部分を問う。
「なんか匂いがおかしいっつーか。甘ったるいっつーか…」
俺の言葉を聞いた新開は少しハッとした様な顔を見せる。やっぱり何か自覚はあるって事か。
「それって今も?」
「ん?あぁ。そうだな」
今度は新開が訊ねてきて、俺は感じるままに答えた。
もちろん今も匂ってきている。甘い匂いだ。
新開は苦笑して肩をすくめた。
「そんなに分かりやすいかな。俺が靖友を好きな事」
「あー、そう言う事かよ。そりゃそんな匂いさせてりゃ……」
なるほど、好きだからこんな匂いがする訳か。それなら甘い匂いがするのも納得…いや、待て。
今、こいつは誰が誰を好きって言った?俺の名前が聞こえた気がしたが、気のせいだよな…
「って…誰が好きって…え?は?」
困惑のままに口にするから、まともな文章にならない。
その後、俺が聞いた言葉は更に信じられないものだった。
「俺ね、お前が好きだよ」
今まで生きてきて、こんなに混乱した事は初めてかもしれない。それぐらいにこいつの言っている事が理解出来ない。
そんな混乱している俺を尻目に、新開はおもむろに近付いてきてー…
「は?…なに、言っ……」
匂いが強くなったと思ったら、俺の言葉は途中で途切れていた。
なぜなら塞がれていたから。柔らかい、弾力のある感触。それが唇だと気が付いた時には既に触れていた唇は離れていた。
触れていたのはまさしく新開のもので。
「これで本気にしてくれた?」
悪びれるでもなく、厚かましいぐらいの勢いで言い放つ。
しかも満面の笑みで。
「っ…ふざけんな!」
俺の怒声が二人しかいないの部室に響いた。
◇
新開にわけわかんねぇ事を言われて数日。
俺はまたわけわかんねぇ事を言われている。
「と言う訳なんだが、どう思う荒北?」
「……んな事、俺に聞くんじゃねぇヨ!」
俺は詰め寄ってくる東堂に怒鳴った。
休み時間になんでわざわざ東堂の恋愛相談なんか聞かなきゃなんねぇんだよ。新開といい、東堂といい、俺の周りは色ボケバカばっかりか。
東堂の話では相手の事は好きだけれど、それ以上は照れて行動に出せないのだと言う。
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