今夜は、ヒマ?
長期出張とか行けばいいのに...机の上でダラダラしてる彼を見るといつも思う。
特に召集の命もなく自分から逃走もしない様子の彼はこのところずーっと此処に居てずーっとダラダラしてる。仕事がないわけでもないのにダラダラしている姿を見てても私の仕事は減らないから無視して、例の床の箱にどんどん書類を詰み上げてく作業をしてる。
一枚一枚、目を通してく作業もそれなりに疲れる。でも、それ以上にこの空気も疲れる。
「なァベレッタ」
「.........はい?」
「今夜は、ヒマ?」
どうせ頬杖ついてダラダラしながら聞いてるんだろう。だから私も彼を見ない。
「暇は暇ですよ」
「じゃあ今夜、どう?食事奢るよ」
何を好き好んで四六時中彼と一緒にいる必要があるだろうか。
「遠慮します。冷蔵庫の中身が腐りますので」
いや、ない。全くない。
と、いうよりも...どうしたんだろうこの人。こないだといい今日といい、例の口説き文句をこちらに向けて言ってくる。いつもだったら書類届けに来てくれた女の子だとか掃除の女の子、給仕の女の子とかに言うはずなのに何故か私。
「自炊してるんだ。だったら御馳走になりに行こうかなァ」
「食材は一人分しかありませんので来ないで下さい」
からかうにはあまりイイ反応はしてないと私は思ってる。
ノリノリできゃーきゃー言うわけでもない私にそのネタを振られても正直困る。私にそういう面白さは備わってないんだ。多分、彼もそのことに気付いてるはずだけど...何故話を続けるんだろう。
「あらら、冷たいコ。いつも一人分しかないの?」
「当たり前です。無駄に買うと捨てちゃう可能性高いですから」
足りなければ買えばいいけど、多すぎたらお腹の中に処分するのも一苦労。かといって誰かに振る舞えるほど料理上手ではないし、周囲で自炊してる人もいる風ではない。だったら最小限で、というのが私の考えだ。そこまで主張したいわけじゃないから言わなかったけど、彼から「そりゃそうだね」と適当な返事をもらったからそれ以上何も言わなかった。
そんな会話をした日の夜のこと。
珍しく自宅に来客がやって来た。とても小さなノック音だったからてっきりコビメッポが揃って来たのかと思って開けた。こないだ誘いに乗れなかったし、その件もあって来てくれたのかもとか思ってた。ら、大きな間違いだった。
「美味しそうな匂いに誘われ...って、ちょっ、どっから銃、」
開けた瞬間は分からなかった。そこに人が立っていたこと。
その人が身を屈めて勝手に家に入った瞬間、思わず脚ベルトから一丁の拳銃を額のど真ん中に突き付けていた。
「お忘れですか?私も一応軍人ですよ。これくらい嗜みです」
「待った待った!話を、」
「油断してました。本当に来られてるとは...」
「いや、うん、ちゃんと食材を持って来たんだ」
この人、やっぱり何処かおかしくなったらしい。
大きな手に下げられた大きな袋、何がどうなってこんなことになってるのか...
「お引き取り頂けますか?」
「いや、待って、今帰ると食材、腐って勿体ない、」
ほら、と見せられた袋の中には野菜とかお肉とかがゴロゴロ。自分は料理とか作れないからマジで腐る、と慌てる彼。だったらこんなもの買わなければ良かったのにと呆れた。だけど、確かにこれだけの食材が腐るのは勿体無い。
「......食材に罪はない、か」
「あのー...おれにも罪はないかと」
「住居不法侵入で突き出しましょうか?」
「.........ほんと、冷たいコ」
引き金を引いてやろうかと思ったけどこの人は上司で大将で能力者。反逆者扱い...はされても構わないくらいイラッとしてるけど撃つだけ弾が勿体ない。私くらいの覇気じゃこの人には効かないだろう。
諦めて銃を下ろしたらホッとしたらしく、いつものヘラヘラ顔でお邪魔しますと勝手に中に入ってく。
一応異性の家、普通だったら見られたくないものとかもあるだろうと配慮して勝手に入らないものだと思うんだけどそれも出来ないらしい。
「なーんか思ってたより可愛いお部屋」
きょろきょろしてる。
「それに...湯上がりスッピン可愛いねェ。初めて年相応に見えた」
そして、セクハラ発言。
「.........やっぱり突き出しましょう。泣きながらだと処刑になるかしら」
「発想怖っ、」
「公開処刑に持ち込むには...誰に泣きつけばいいのかしら」
「ちょっ、冷静に怖いこと言わないで」
どちらかと言えば平気な顔して乗り込んで来た彼の方が怖い。何を考えてるんだかだ。
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