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#09

彼は初めて自分の名を名乗った。クザンというらしい。
因みに、私も初めて親から名付けて貰ったベレッタという名を口にした。

悪魔の契約書に自ら進んでサインしてしまった...


「じゃ、コレ合鍵ね」
「.........はい」

答えはすぐには出せなかった。
数日悩んで計算して...自分の本来の仕事であるシフトも確認して、通帳残高も改めて確認して決めた。やっぱり金は大事である、と。但し、何度考えても日当2万は怖かったので時給にしてもらった。時給2千円。これでも結構高額だと思う。

「汚い物は捨てていいし、何しても別に怒らないから」
「.........はぁ」
「見られて困るものは何一つない寝るだけの部屋だし大丈夫」
「.........そう、ですか」
「家電品とか掃除道具も...何処かにあると思う」
「.........(微妙だな)」
「必要があれば買って置いててくれていいよ」
「.........」
「その他、質問は?」

色々ある。正直、色々あるよ。
まず、家主不在の時間帯とか帰宅時間とか在宅の時間帯とか...出来れば人が居ないうちに掃除はしたい。でも、そんな事は聞けない。まるで泥棒みたいだし。

「あ、貴重品もこの部屋には無いから気兼ねなく掃除しちゃって」
「.........はい」
「じゃ、おれ行ってくるわ」
「.........いってらっしゃい」


何 を や っ て い る ん だ ろ う 私。


今日は仕事休み。
する事も無いからダラダラしてもいい日だけど、頭にタオル巻いてマスクして手袋して...完全に掃除のおばちゃんみたくなっている。いや、掃除のおばちゃんするためにこの姿なんだけど。

持参した指定ゴミ袋(大)を片手に、他人様の部屋に一歩進む。
はいキタ新聞紙!日付は...5年前の物。汚いので袋行きでーす。次、はいはいペットボトルー地雷になりそうなんで廊下の隅に一旦展示します。で、靴が...何か沢山あるけど...黴だらけの革靴に内部がボロボロのスニーカー?これは...履かない、んだよね?うん、捨てよう。

ニュースとかでよく孤独死って見るけど、よく隣人は気付かなかったねーとか思ってた。ぶっちゃけすぐには気付かないわ。絶対。隣人がこんな汚部屋に住んでいたなんて想像してなかった。この部屋、進めば進むほどによく分からないものが落ちている。
拾い上げているのは可燃ゴミだけど...凄いよ、食べ掛けのヤツとか色々ありすぎる!剥き出しじゃなくてビニール袋に入ってるだけマシなのかな?これは...酷いわ。

こんな中で生きてるのが不思議で仕方ないやつだ...

ワイシャツやら靴下やらも見つかり始め、置き場所が確保出来ないのが現状である。洗濯機に突っ込みたいけど...ウチのマンションは洗濯機がベランダにある。つまり、どんどん突入しないとその姿を拝む事すら出来ない。

「.........」

道のりが果てしない。これは、初日で終了するレベルではない。
ゴミ袋が一つパンパンになった。今日は...ゴミ出し日だっただろうか...いや違う。
新たなゴミ袋を手に可燃ゴミを見つけては中に入れていく作業を坦々としている。別に坦々とした作業は嫌いじゃない。むしろ今やっている事は嫌じゃない。もしかしたら私、ハウスキーパーになれるだろうか。

「いや待て落ち着け」

とりあえずは廊下を脱出し、部屋を潜り抜けて洗濯機に辿り着く事を考えよう。
進行中にすでにタオルやら下着やら色々と出土している。これら全てを回せる自信もすでに無くなり始めてる。少なくとも道を開拓しよう、私はただただそれだけをまず目標にした。


.........

うん。部屋は部屋でやべえなコレ。
煎餅蒲団が置いてあって、周囲はゴミか服か何かが散布している状態だ。インテリアゼロ、テレビもパソコンも無し。廊下にキッチンがあるんだけど...炊飯器は見てない。冷蔵庫はかろうじて見た気がする。
ビールの缶が散乱。少しだけいかがわしい本を発見。で、うん、違うと思いたい「何か」も発見。本はちょっと隅に積んで...「何か」は極力触れないようにゴミ袋に入れた。

薄汚いカーテンの向こうから光が差し込んでいる。
そもそも、この淀んだ空気を一掃するにはベランダの窓を開けねば!
そう意気込んでカーテンを開け、いざ窓を開けようとしたけど、

「.........開かない」

洗濯機は目の前。力いっぱい引くけど窓は開かない。

「詰んだ...」



2018/07/14
(9/13)
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