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社会科資料室の鍵は志月が持ってて、彼女が開けて中に入った。
狭い資料室で電気点けても暗がり、ほんでええ感じで密室...密室。分かっとったから付いて来た。知っとったから付いて来た。理由は...それ以外にない。

「忍足くーん、教材あったよ」

ちっこい背中やな。背もちっちゃいし、細いし、柔らかそうや...と、生唾飲む。
迂闊によう知らん人と二人っきりになったらあかんて言われたりせえへんかったんやろか。無防備な姿晒したらあかん、とか、無駄に愛想振り撒いたらあかん、とか。俺やったら言う。確実に言う。せやないと...真っ黒いもんに襲われてまうさかい。

「忍足くん?」
「志月」
「おわ!う、後ろにいたんだね」

せやね、さっきから後ろにおったよ。

「......どうかした?」
「ん?ああ...先に言うとくな」
「うん?何を?」

黒いもんがウズウズと表へ出とる感覚。もううまく笑えとるかも分からん。
最初はこないな感覚はなかった。徐々に、徐々に...黒いもんが俺の感覚を潰しよった。説明のつかん何かがどんどん浸食してく感覚。せやからやろか。目の前におるんは獲物。とても美味そな獲物に見える。

「俺、絶対謝るとかせえへんから」

今から言うこと為すこと全てにおいて、俺は絶対に謝らん。

「え?」
「せやから今謝っとくわ。ごめんな」

なーんて、ほんまは謝るつもりはない。泣かれても怒鳴られても。
無理矢理、彼女の顎持ち上げて重ねた唇は自分のより少しだけあったかい。無意識に目閉じてしまってんからどないな顔しとるか分からんけど...多分ビックリしとるやろ。で、呆然としとって...ああ、今、抵抗し始めたさかい状況に気付いたみたいや。そないなことしても意味あれへんのに。
背中に回した腕の力、志月より遥かに強いんやから。

「お...したりっ」

あーあ、迂闊にキスの最中に口開いたらあかんて習わんかった?
今の俺は容赦ないで。舌入れるで舌。噛まれても入れたる。どないに抵抗しても無駄。それに自分、俺の舌噛み千切るとか無理やろ?せいぜい軽く舌噛む程度...ほらな問題ないわ。

俺の気が済むまでちゅうするし、体も撫でるし、離したりせーへんよ。
唇の端からどっちのかも分からん唾液が流れとって...それがちょいやらしい気ぃするなあ。

なあ、彼氏とはこないなキスはせえへんかったん?

「な...んで...っ」

結構、酸素奪っとった気したさかい唇を解放したったら志月が少し咳き込んだ。
真っ赤な顔して...ちょお息切らして俺を見上げとるんが可愛いとか、そないなこと思うてみたり。

「ゆいが好きやから。他に理由いるん?」
「え、あの、私...っ」
「ん?聞きたないで」

事実を、現実を言われんのは嫌。拒否も拒絶もされたない。せやから聞きたない。
何か言う前に要らん言葉を吐こうとする唇を塞いだ。そう、知らんわけやない。ずっと長いこと見とったんやからちゃんと知っとる。知っとって...聞きたいわけあれへん。直接、面と向かってソレを肯定する言葉も俺を否定する言葉も。

「ゆい...」

抱き締めて、キスして、名前呼んで...
ああ、こういうんが恋人気分てやつやな...けど俺に気持ちが向くことはないんやろな。
その腕が目一杯拒絶しとって、顔だって背けようと必死で...結構キツいもんやな。切なくもあるし、悲しくもなるし。ああ、報われんのか、て思う。真っ黒な自分であっても。

「......何でやろな」

見ないよに、想わんよにしとっても確実に俺はこの子だけを捜し想う。
他にも女て仰山おんねんで。俺に寄って来る女かてそこそこおる。けど目で追うんは確実に彼女しかおれへん...他はない。それだけ想うとるのに、それが通じることも叶うこともあれへんとか痛い。痛い、なあ。

「ゆいやないとあかんのに...」
「おしたり...くん」
「せやのにゆいは俺を見いひんとか」

胸が痛くて痛くて、張り裂ける。壊れる。ボロボロと崩れ落ちてまう。
これがほんまの恋っちゅうんやったら...いっそせん方がマシやったとか思うくらいに。泣きそになる、何処かも分からん痛みで死にそになる。それくらいに本気やのに...

「......別れて」
「な...に...」
「今おるヤツと別れて、俺のもんになって」

真っ黒い自分が泣いとる。表やのうて何処か奥底で泣いとる。
強う抱き締めて肩まで伸びとる髪に顔を埋めて、懇願する自分はほんま情けないもんや。それでも...俺は無理やねん。彼女やないと...あかんねん。

「......まあええわ。そないなことせんでも、俺のもんやし」
「お、忍足くん...あの、」
「余計なことは聞きたない」
「私...」
「聞きたないて言うとる!」

.........

何も見えなくなったらええのに。誰もおらんくなったらええのに。
この世の中から全て消えてええのに。俺とゆいだけになったらええのに。


「俺は絶対謝らんよ」


今から言うこと為すこと全てにおいて、俺は絶対に謝らへん。
いや...これから言うこと為すこと全てにおいて、譲るとか絶対せえへんよ。


「絶対に...謝るとかせえへんから」


拒絶されようが泣かれようが何されようが、俺は絶対に引くこともせえへん。
それくらい好きやし愛しとるて気付いて。受け入れて。ゆいの頭ん中いっぱいにして。

微妙に抵抗の弱まった彼女にまた唇を落として、何度も何度もその頬を撫でる。
時々目が合うけど怯えた顔しとる。それにプラスして悲しそうで、可哀想なものを見るような目で...

チャイムの音が響く。それでも俺を止める術は、ない。


Auf die Hande kust die Achtung, (手なら尊敬)
Freundschaft auf die offne Stirn, (額なら友情)
Auf die Wange Wohlgefallen, (頬なら厚意)
Sel'ge Liebe auf den Mund; (唇なら愛情)
Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht, (瞼なら憧れ)
In die hohle Hand Verlangen, (掌なら懇願)
Arm und Nacken die Begierde, (腕と首なら欲望)
Ubrall sonst die Raserei. (それ以外は…)

――それ以外は、狂気の沙汰。

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