#07
初めてが、こんなに胸を締め付けるなんて知らなかった。
きっかけは何でも良かった。仲良くなるためなら何を利用し誰をダシにしようが構わねェと宍戸っちと仲良くなったその日から思ってた。いっそ宍戸っちに...とも思ったけど、こんなカッコ悪いおれを知られたくなかったから言わなかった。だから、ビビに声を掛けた。偶然を装い、平然を装って。
「本当に来たわ!」
「だから言ったじゃん。毎週この時間に来るんだって」
おれは、宍戸っちが憧れるほどの男じゃねェ。
気になる子を前に平等に振る舞えねェし、気軽に声を掛けれるほど冷静な大人でもねェ。ただの臆病者だ。酷く、滑稽な臆病者だ。
ようやく彼女の顔を見て言葉を掛けられるようにはなったが、自分がどんな顔してるかも分からねェ。きちんと笑えてるのか、平然を装えてるのかも...分からねェ。
そんなおれに彼女は少し驚いたけど...いつも通り、宍戸っちに向ける表情で返事してくれた。これがどれほどの進歩か。
注文された食事を出し終えて、客も此処だけだからと心で言い訳しながら彼らの席の傍に立つ。
普段ならこんなとこに突っ立ったり出来ずにカウンター越し、とても遠くから彼らを見てるだけ。会話も疎らに聞こえるだけの距離を保っていた。
「.........ほんとに超お嬢様なんだね」
「え?誰がそんなこと...」
筒抜けの会話、筒抜いた会話。
これは本当に偶然だったんだ。おれは神なんざ信じちゃねェけど初めて神に感謝した。今にも切れちまいそうな細い線でも繋げてくれて有難う、と。
「.........えっと、」
その話を持ち込んだのは、おれだ。
そう、他でもないおれが教えた。おれが、教えたんだ。だから、おれの名前を......呼んで。
「え、エース、さん、です」
お互いが名乗り合うことなんか一度もなかった。
だけどおれは君の名を、君は俺の名を知ってるという事実がこんなにも嬉しいだなんて。
初めてが、こんなに胸を締め付けるなんて知らなかった。
「あァ、おれが話した。事実だろ?」
近付いて会話に入っても自然だよな、なんて臆病な自分が自分に問い掛けて。
「でも...」
「大丈夫。そんなことくらいじゃこの子らは避けたりしねェよ。なァ?」
初めて自分の意思で彼女との会話を成立させようと必死で、こんなのが自分だったか?とまた自分自身に問い掛けて。
「は、はい。ええそりゃあもう。ただ驚いたけど、でも友達は友達です!」
「だってさ。良かったじゃん」
「.........ええ。とっても嬉しい」
おれは、誰かに憧れられるような男じゃねェ。
見苦しいほどに必死になって足掻いてる、ただただ臆病な男だ。
「と、いうことで仲良くしてやってくれよ」
初めて、君に触れた。
弾かれるような感覚が、むず痒い。
「は、はい!仲良くします!させて頂きます!」
いつもはうまく直視出来ない笑顔を目の当たりにして、おれは同じ顔で彼女を見つめることが出来ただろうか。
顔は赤くなってないだろうか、目は泳いでないだろうか。そんな馬鹿みたいな心配をしてる。
この感覚は、一生忘れられない。
2015/08/04 10:37
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