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#04

全員が揃ったところで乾杯、赤澤が「とりあえず一人ずつ近況報告な」といつものように仕切った。だけど先陣を切らずに「俺はトリだから」と言った彼には軽く失笑が起きた。よくしゃべる、よく仕切る割にそういう改まるのが苦手だった彼。それは相変わらずらしかった。

貸し切られても狭い店内で隣同士を気にしながら一つずつ立ち上がり、自分の近況を話していく。
家を継いだ人も居れば普通にサラリーマンやOL、少し変わった職種に就いた人も居る。結婚した、子育てしてる、独身...それぞれがそれぞれの道を歩いていた。それもまあ当然だ。10年も経っているのだから。

「観月です。大学卒業後は税理士事務所で働いています。幹事の赤澤が返信葉書の消印も確認せず未だ山形に居ると勘違いしていましたが、今は都内在住。此処に戻って来た理由としてはやはり農業が本当に向かなくて。それに田舎も向かなかった」

派手な生活が向いているという意味ではありません、そう言うと一同が笑う。

「もし、腕のいい税理士をお探しの方がいましたら後ほど声を掛けて下さい。名刺をお渡しします」

頭を下げ席に座ると起こる拍手。下手な飲み会とは違う温かなもの。
早くに家を出て、見知らぬ土地にたった一人。不安じゃなかったとは決して言えなかったあの頃に感じた温かさは今もまだ残ったいた。同じ境遇の仲間が居て、それで救われたあの頃。これだけの年月は経ても変わらない。

「えっと...志月です。今は首都圏からちょっと離れたところで保育士をしている2児の母です。学生時代に運動部で良かったなーと思えるくらい子育てに奮闘してます。今日は実家に子供を預けて来ちゃいました」

彼女もまた新たな道を進んでいたことを知る。

「なので今日は一次会だけ参加です。先にそれだけ報告しておきます」

不思議とショックはない。何となく分かっていたことだから。
それよりも子供と一緒に泥まみれになって遊んではいないだろうかと心配になる。遊ぶことに夢中になりすぎて同僚に叱られてないだろうかとも思う。いつだって彼女はそんな子だった。真っ直ぐで全力で...それがきらきら輝いて見えた。

全員が報告を終え、最後は赤澤だが...全員が話し終わる前に原稿が出来なかったのか「俺はこの通り元気だ、独身だ」しか言わずに笑いを誘った。予想以上の報告で彼らしく思えたが、成長していないにも程があると溜め息も出た。

そこからバラけてみたり、まとまってみたり。
懐かしいかつての仲間たちと個々に会話をしていく。僕もまた声を掛けて掛けられて、数人に名刺を配った。

「俺、最近事業始めたばっかでさ。税理士捜してたんだよ」
「そうですか。それは丁度良かった」
「で、節税対策とかさ、考えてくれるんだろ?」
「それはあなたの経理具合を確認しないと何とも。言っておきますが僕は厳しいですよ」

昔のように小突き合いながら話す会話だが、内容が昔より大人になっていることに誰も違和感を覚えることはない。それは当然のことであり、それだけ生きた時間を意味している。だが、変わらず恋人に悩む者もいれば仕事で悩む者もいて、場所が違えど...というものだった。
途中から酔いが回り、沢山の暴露を始める者も出始めた頃、ようやく僕は彼女の元へと辿り着いた。

「あ、観月くん」
「今更ですが、ご結婚おめでとうございます」
「有難う。今更だけどご祝儀受け取るよ?」
「今更ですからお渡ししませんよ」

彼女の左手には確かに結婚指輪が光っていた。
これが10年というものを痛感するわけだが、やはり特にショックを受けることはない。むしろ、それを微笑ましくも思える。

「変わらないと思っていましたが、変わるところは変わるんですね」
「観月くんはどう?」
「残念ながら今は独りです」

彼女を想い、固執した...というわけではない。
古い記憶の彼女と比較したりすることもなかったが、どういうわけか僕は恋人というものに恵まれない。その原因は間違いなく僕にあると同僚は断言するが、わざわざ恋人のために自分を曲げることが出来なかった。そう言えば「その想いは本物ではないから」だそうだ。何とも難儀なことだと溜め息すら出た。だけど思い返せば自分から気に入った子とそういう関係になったわけではなく、向こうから告白されて自分の気持ちを整理して「この子となら...」と半信半疑で付き合ったことに原因があるようにも思える。

難儀な性格をしている僕だ、それもあって未だ独りだと知っている。

「世の中甘くないってことですね」
「難しく考えすぎなんじやない?」

彼女はそう言ってまた笑った。


初めての同窓会は主だった余興もなく、個々で団体でゆっくりと動いているような雰囲気。良くも悪くも自由で最初の座席は遠の昔に誰かに占拠され、隣同士はバラバラに、自分の皿と箸がどれだったのかも分からなくなってしまった。かろうじて持ち歩いていたコップだけが自分もの、という状態になっていた。

僕もまた移動したり落ち着いたりとし、最終的には赤澤の横で落ち着いた。
しゃべり倒す赤澤に延々と向かえるのは今も昔も僕だけらしく、赤澤に捕まった誰かがスッと話を僕に振ったことから標的が変わってしまったようだ。だけど、そうなったとしても苦ではないあたりが慣れというもの。赤澤の話に適当に相槌を打ちながら酒をあおった。


ひたすらしゃべる赤澤が静かになった頃、もう一人の幹事によって一次会はお開きとなった。

「ゆい、またね〜」

そんな声を聞いて僕は早口で二次会に参加しないと周囲に告げ、慌てて彼女の背中を追った。
ゆらゆらと揺れる背中、楽しかった時に見せる空を仰ぎながら歩く癖。今にも鼻歌を歌いそうな彼女の背中が近付いた時に声を掛けた。

「ゆいさん」
「え?あ、観月?」
「送りますよ。迎えは呼んであるんでしょう?」

そう尋ねると彼女は頷いた。近くの駅まで旦那が迎えに来る、と。

「っていうか、初めて名前で呼ばれた」
「ええ。初めて呼びましたよ。だってもう志月さんじゃないでしょう?」
「あ、そういうこと。確かにそうだ」

昔のようにまた笑う。これだけ笑っているということはきっと今が幸せだということ。
そんな彼女に負荷を掛けるつもりはないけれど、ただ君に聞いて欲しいことがある。君に告げたいことがある。

さすがにそれを告げるには勇気がいる。心臓が早鐘のように鳴る。
それをどうにか抑えつつ少し呼吸を整え、彼女の横顔を眺めれば、またスッと制服姿の彼女を思い出した。

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